7.5 side樹:たまごサンド
――いっちゃんはひとりぼっちなんかじゃないよ。ぼくがずっといっしょにいるから。
鮮明に覚えている一番古い記憶は、そう言って強く俺の手を握る透の涙混じりの笑顔だ。
両親は生まれてすぐに亡くなり、唯一の肉親だった祖父さんも病院に入っていたため、俺は祖父さんの長年の友人だった月峯家に引き取られたと聞いている。
そのことに寂しさを感じたことはない。もとより両親の記憶はないし、分け隔てなく接してくれていた透の両親や祖父母はもちろん、いつだって隣にいてくれた透の存在があったからだ。
だが、周囲の目は違った。祖父さんが亡くなった時が一番あからさまで、「可哀想に」と憐れむ目で見られているのを子供ながらに居心地悪く感じていたことを、薄っすらだけど覚えている。
だからこそ、透の言葉が強く記憶に残っているのだろう。
たまに見舞いに行くくらいの付き合いではあったが、“肉親”と呼べる存在がいなくなってしまった樹を憐れむのではなく、その心に寄り添う言葉をくれた透。
泣くこともできずただ呆然とする樹の代わりに涙を流し、ずっと手を握ってくれていた透の体温に、幼い心がどれだけ救われたことか。
――俺から離れないでね?
離れられるわけがない。透がいない日常なんて、考えることもできない。
――血の繋がりはなくても、いっちゃんは俺の家族だよ
幼馴染、なんて括りだけでは収まらない、誰よりも大切で大きな存在。
『罪喰い』という能力の原理は未だにわかっていないことが多いが、自分がすべきことだけはわかっている。
その風貌故に質の悪い人間に狙われやすい透を守るために、身体を鍛えた。
透を支えられるように、料理の勉強をした。
日々の食事だけでなく、時に透から伝えられた料理をイメージ通りに再現することで、客の心をも満たすことができるようになった。
透の言葉とカクテルに、『罪喰い』の能力。それに加え、自分が作る料理で完成する一連の儀式のようなもの。
それが、Bar Absolutionの“カタチ”として確立した時の喜びは言葉では表せない。
能力を使うことで透にかかる精神的な負担を代わりに背負うことはできないが、客の笑顔が見られることを、あいつは何よりも望んでいるから。
その嬉しそうな表情を見るだけで、すべてが報われる気がしていた。
俺も、透の支えになれているのだと思うことで、“ここにいてもいいんだ”と思えるようになっていた。……それなのに。
――僕と樹を、お祖父様の養子にしていただけませんか?
いつだって、それ以上のものを与えられる。
――だって樹が『どんな答えでも、俺が隣にいる』って言ってくれたから
向けられる“絶対的”な信頼に、胸が苦しくなった。
――お前さんたち二人は、今日から儂の息子だ!
そうして、俺にまた『家族』ができた。
優しい父母と、自分の半身のようにずっと一緒に過ごしてきた兄弟。
血の繋がりはなくても、自分の人生の中で欠かすことができない大切な人達と『家族』という関係になれた日のことを、俺はきっと生涯忘れることはないだろう。
「――ありがとう。本当に」
気持ち良さそうに眠る透の前髪を軽くかき分けながら、幼い頃の面影が残る寝顔に言葉を落とす。何度伝えても足りない、感謝の言葉を。
「ん……?あれ、いっちゃん?おはよぉ」
触れられたことに気づいたのか、透が身じろぎ、目を開けた。
「ああ、おはよう。気分はどうだ?」
「んー大丈夫。まだちょっと眠たいくらい」
「そうか。もう少し寝てるか?」
「ううん、起きる。……お腹、空いたかも」
へへ、と腹をさすりながら笑う透の笑顔に釣られて顔が緩む。
「朝は何が食べたい?」
「え、どうしようかな。食パンってあったっけ?」
「ああ。サンドイッチでも作るか?」
「わ、いいね! いっちゃんのたまごサンド食べたいっ」
「わかった」
「ゆでたまごは俺が剥くからね」
「ああ。顔洗って着替えてからな」
「オッケー」
機嫌が良さそうに頷く透の頭に一度手をやり、キッチンへと向かう。――美味しそうにたまごサンドを頬張る透の笑顔を想像しながら。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
「面白い」や「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブクマや評価、リアクションなどをポチッとしていただけると嬉しいです。
感想もお待ちしております。




