第5話「莉央」
それ以来莉央とは少し話すようになっていた。
俺が玄関にいると、莉央は二階の窓から顔を出して、そこから話しかけてくる。
たぶんそこが莉央の部屋なんだろう。
莉央について、はじめて会った時にはわからなかったこともいろいろ見えてきた。
気づいたこと、その一。莉央は話好きだ。正確には俺に話しかけすぎだ。
俺は在宅勤務なので、そもそもあまり外に出ない。というか外に基本出たくない人間である。
しかしコンビニに行く時、ゴミ出しに行く時、出かけた後、いつでも莉央は窓をあけて話しかけてくる。
話す内容は習い事が多くてゲームする暇がないだの、明日は友だちとサマーランドにいくんだとかそんな話だ。
おかげで莉央の部活や遊びの予定はざっくりと俺の脳内カレンダーにも記録されることになった。
初対面でうちの母さんとあれだけ話していたので、うっすら話好きだとは思っていたが「よくそんな話すことあるな」と感心してしまう。
あと不思議なのは毎回あちらから声をかけてきたにも関わらず、「ねえ私と話したいんでしょ」という顔を向けてくることだ。いやお前が話しかけてきたんやろがい。言葉にしないで上から目線ができるのはもはや天性なのか。
ある時気になって聞いてみた。
「莉央ちゃんって、よく俺に話しかけてくれるよね」
「え、だっていつもいるじゃん」
こいつ、俺を地蔵か何かだと思ってないか?
「あと、失敗した話とかしても笑わなそうだし」
これは意外だ。多少は頼れる大人として認識しているのか。
「そうかな?」
「おにいさんの方がいっぱい失敗してるからね〜w」
なるほど?つまり自分よりたくさん失敗している人には、失敗も安心して話せるということか。随分と見下されているみたいだが、これはこれは、お役に立てて何よりだ。これからも精一杯地蔵として頑張っていこう。
ところで人生再建プログラムのことを失敗というのはやめろ。まだ達成していないだけだからね?
とはいえ普段在宅ワークでコミュニケーションが枯渇しがちな俺にとって、莉央との会話は楽しみの1つだった。
あとなんとなく近所の猫が懐いた時のような優越感を得ていた。
そんな感じなので、俺が外に出た時に話しかけてこない日があると「あれ?今日なんかあったっけ?」と逆に心配になるほどだった。
莉央と話さなかった日の翌日は、こんな会話になった。
「おにいさん、昨日どうしてたの?」
「別にいつも通りだけど」
「ふーん、ねえ莉央ちゃんいなくて寂しかったんでしょ?w」
「全然、静かで快適だったけどね」
「へー、窓の方見てたのに?」
「…見てないけど」
「うわ、わかりやす〜w」
気づいたこと、その二。莉央はかなり熱中しやすい。もっと言うと没頭しやすい。
普段話す時は独りよがりの話し方をすることはない。
だが習っているダンスの具体的な技術の話になると、ダムが決壊したかのように勝手に話しはじめる。
「最近ダンスどう?」
「ウェーブの時のアイソレがうまくいかなくてさ。」
この時手をあごに当てると始まりの合図だ。
「胸だけ動かしたいのに、肩まで一緒に動いちゃうんだよね。昨日家で動画撮ってみたら、なんかウェーブじゃなくて、ただ前かがみになってるだけでさ。だから曲かけないで、胸、みぞおち、腰って一個ずつ動かす練習してたの。でまあそこそこうまく行った時があったんだけど、でも曲に合わせるとまたカクカクーってなっちゃって。上手い人ってウェーブの途中でも頭の位置がぶれないから、あれどうやってるんだろ。やっぱり体幹なのかな。それとも――」
この間俺は全自動相槌botになっている。
こんな感じで立て続けに話してると、たまにハッとしたように止まる。そしてちょっとだけ気まずそうに笑うと「まあおにいさんにはわからないか〜w」といつもの調子に戻る。
莉央の語り口から、なぜうまくいかないかを分析して試行錯誤しているのが伝わってくる。
自分も部活をそこそこ真剣にやってきたからわかる。うまくなりたくて、できないことを何度も練習する。そんな時期が俺にもあった。
そんな根気を今はゲームで女子中学生に勝つために捧げているわけだが。
気づいたこと、その三。莉央は妙に物覚えがいい。
例えばある日コンビニアイスの話をしていた時のことだ、
「そういえば雪見だいふく、新しい味出てたよ」
なにか俺が雪見だいふく好きなのを知ってそうな口ぶりだった。好きだけど。
「雪見だいふく好きって言ってたっけ?」
「前言ってたじゃん」
よく覚えてるな。確かにコンビニアイスを買うのは俺の日課のようなものだから、いつか話したのかもしれない。
「アイスだけは毎日続いてるんだね〜w」
好きなものは勝手に続くんだよ。莉央がダンスにハマっている理由と変わらないだろ。熱量が違うけど。
とまあこんな感じで、前にした話とかをけっこう覚えていて、必要そうなことをこまめに教えてくれる。秘書か?
他人のルーティンの記録係を名乗りでるくらいなんだから、マメなタイプなのかもしれない。まあ実際は俺が何も習慣づいていないので何も起こってはいないが。
こうして、莉央という女の子について俺は少しずつ詳しくなっていった。
話好き、何かに熱中すると周りが見えなくなる、妙に物覚えがいい。
もっとも、それが俺にとってありがたいばかりとは限らない。俺がつい口にした一言も、莉央は忘れていないのだった。




