第3話「爆美女ってなに?」
「ねえ、爆美女ってなに?」
それはまずい。
あれは俺が男磨き系YouTuberに憧れてつい書き始めてしまったノートだ。
思えばあいつが募集していた「男磨きビレッジ」に応募しようとしたこともあった。
男磨きなんて世間では馬鹿にされがちだが、俺はそういう風潮が少し癪に障る。将来の自分に投資して何が悪いというのだ。
…いや今はそんなことはどうでもいい。
将来どころか今目の前で尊厳が奪われようとしているんだ。これ以上ノートを読まれるのだけは阻止しなければ。
中学生女子なんて、冷笑と拡散力でできているようなものだ。不相応な意識の高いことを言おうものなら「あいつキモいよねw」という噂を光の速さでアマゾンの奥地にまで広めてしまう。
「ちょっと待って、それはダメ」
「え、でも見ていいって言ったじゃん」
「言ったけどそれだとは思わなかった」
莉央が真面目な顔でこちらを一瞥して、またノートを見た。
おとなしく返してくれるだろう、そんな淡い期待を裏切り、莉央はニヤリと笑った。
「ふーん、見られたらまずいものなんだ」
こいつ、何する気だ…
「そうだよ、だから返して」
こうなったら力ずくで取り上げるしかない。
立ち上がろうとした瞬間、右脚から力が抜けた。
そのまま俺は糸の切れた操り人形のように情けなく床に崩れた。
莉央はちょっと驚いたようだ。
「え、何してるの?」
「足痺れた…」
床に座っていたのが悪かったらしい。血の戻ってくる、あのじんわりした感覚が押し寄せてきた。
床に転がっていた俺を見て、莉央はくすくすと笑いながら、こっちへ近づいてきた。
「ふふっ…」
「笑うな」
「だっさ〜w」
「いいからノート返して」
莉央はふふんと笑うと、ゆっくりと俺の足の近くまで回り込んでくる。
そして俺のふくらはぎあたりをつま先でツンツンつついてきた。
ツン
「ちょっ!!」
「あ、やっぱり動けないんだ」
「こんなときに卑怯な…」
「ざっこ〜w じゃあ続きよも」
「なんでだよ!」
莉央は俺の抗議を完全に無視して、ノートに視線を戻した。
「えーっと、『人生再建プログラム』」
「音読するな!」
「『目的。だらしない生活から脱却し、1年後には別人になる。今日がその日だ。今までの俺とは訣別する。1年後の俺は年収1000万、爆美女にモテモテで困っている…』」
莉央の音読がだんだん演技がかってくる。
ツン
「やめっ…」
「『想定問答、俺くんってモテそうだよね♡、本当に好きな人にモテないと意味ないから(さらっと、声低く、当たり前のように、人生を悟ったかのような涼しい目)』」
莉央は体を小刻みに震わせて笑いをこらえていたが、とうとう吹き出した。
「人生を悟ったかのような涼しい目www」
ツン
「やめっ…やめてください…」
「『ゲーム、SNS、ジャンクフードなどの一時的な快楽に支配されない』」
ちらっと冷たい視線をこちらに向けてきた。
「今ゲームしてたよね?」
ツンツン
「…してました」
「人生再建失敗しちゃったんだ」
莉央は幼稚園児を諭すような口調で言ってきた。
「…はい」
終わった。
俺の人生は今日で明確に終了を迎える。
今後俺が何かを成し遂げたとしても「人生を悟ったような涼しい目だね♡」って一生馬鹿にされるんだ。
ありがとうレスバしてくれたみんな、ありがとう煽ってくれた対戦相手、ありがとう俺の思い出。
今日から俺は山に篭ります、探さないでください。
俺が人生をたたむ計画を考えていると莉央がまたぱらぱらとノートをめくった。
「『人生再建プログラム Day first』?」
莉央は一瞬きょとんとしたが、すぐにまたニヤニヤしはじめた。
「…ふふっ、Day firstってなに?」
「1日目だよ」
「なんでちょっと英語でかっこつけたの?1日目とかDay 1でいいじゃん」
「そこ擦るな」
「Day first…あははっ」
莉央は完全にツボに入ったらしい。体勢が崩れてローテーブルに手をついた。
もう最悪だ…
firstという英語の響きがかっこいいと思って使ったのに、完全に裏目に出た。
裏目に出たというか読まれることなんて想定してなかったんだが…
莉央が笑い涙を拭きながらページをめくる。
「でもDay firstさん、1日目は全部やってるじゃん」
「呼び方変えてね、まあやると決めた日はやる男だから」
「2日目は?」
莉央がノートの下に目線を向ける。
「『起床:×。夜更かししてしまった。ランニング:△。筋肉痛だった。英語:×。仕事で余裕ない』」
莉央は何か言いたげな様子でこちらを一瞥して、またノートに向き合った。
「『3日目。起床:×。ランニング:×。暑かった。英語:×。仕事が忙しい』」
「…」
莉央はノートと俺の顔を交互に見て、眉をわずかに寄せる。
「全部×じゃん」
「…そういう日もある」
人間は完璧じゃない。できないことを受容するのがオトナの生き方だ。
「Day 4は?」
莉央がこちらを見て聞いてくる。俺は目を逸らした。
「ねえ」
「ないけど」
「ないの?」
「うん」
一瞬沈黙が走る。
「人生再建できなかったんだ」
「それやめてね?」
「ふふっ、あはははっ」
「めちゃくちゃ笑うじゃん」
「だって、人生再建プログラムなのに、その後全部白紙なんだもん」
「当時はいけると思ったんだよ」
「Day firstのとき?」
「もういい!」
俺はやっと足の痺れから解放されて立ち上がった。
莉央の方に手を出して手のひらを上に向ける。
「返して」
「やだ」
「じゃあ内容は忘れて」
「もうだいたい覚えちゃった」
「返してくれないなら無理やり取り返すよ」
「え〜人生悟ったような涼しい目しててこわ〜い♡」
こいつ…大人を舐めやがって。
莉央が2歩前に出て、くるんと振り向いた。
いつしか日は落ちかけていて、莉央が夕方の赤い光で照らされる。
「じゃあこうしよ」
両手でノートを開いたまま、こちらに向けている。
3日目の記録の後、まだ何も書かれていないページ。
莉央が白紙の上を指でなぞった。
「ここから全部埋まったら返してあげる」
「全部?」
「うん」
莉央がパラパラとページをめくる。
計画書5枚分、3日分の日誌がたった1枚分。それ以外のルーズリーフは、まるで新品のように白かった。
「…まだいっぱいあるんだね」
「無理でしょ」
「じゃあ一生私のだね」
「なんだよそれ…」
…まあもう見られたからには仕方ない。
ここまで読まれた以上、今さら取り返して記憶を消せるわけでもない。
もちろん返しては欲しいけどね?俺も子供のものをむやみやたらに奪うような不寛容な男じゃない。
あれそもそも俺の所有物じゃなかったっけ?もうわかんねえなこれ…
それ以前に、一つ気になることがあった。
「ていうかさ、俺がやったこと、そもそも誰が記録するの?」
「え」
莉央はこちらを向いて、さも当たり前かのように言った。
「私しかいないじゃん」




