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第2話「隣のメスガキ」

 ある夏の日だった。

 仕事でも家から出ない俺は、外の暑さなんて知らない。

 だがその日は朝起きて迷わずエアコンのスイッチをいれた。実家暮らしのくせに、なぜかエアコン代だけは気にするこの俺がだ。

 外ではいつの間にか現れたセミが苦しそうにミンミン鳴いている。俺は人間の特別待遇に感謝しつつ、そんな音をBGMにしてゲームをしていた。

 そしていつものように連敗し、それを回線のせいにしていた。


 ただいつもと違うことがあった。


 さっき母さんが中学生くらいの女の子と一緒に帰ってきた。

 母さんはわりとすぐにどこでも友だちができるタイプだが、中学生を家に呼ぶなんてイベントはこれまでなかった。よく見ると、どうやら隣の家の子らしい。


 髪は長く、前髪の片側だけピンで留めていて、おでこが半分くらいみえている。色白でどちらかといえば薄い顔立ちだが、ぱっちりと意志の強そうな目をしている。

 細身で小柄な子だ。重そうに肩にかけた大きなスクールバッグの方が存在感がある。


「莉央ちゃん、鍵忘れちゃったんだって。ほらお隣さん両親とも働いてるじゃない、こんな暑い中待ってても熱中症とか最近怖いから、せっかくならうち来て涼んで、夕食でも一緒にどうかって思って。これから買い出しにいくけど、莉央ちゃん自分の家だと思ってゆっくりしてってね〜」


 母親がいつ息継ぎしているのかわからないスピードで捲し立てた。まあこんな子が玄関先で一人でいたらうちの母親は放っておかないだろう。

 莉央ちゃん、と言うのはこの子の名前のことだろう。

 最近隣に家族が引っ越してきたのは知っていた。とは言ってもすれ違ったら挨拶する程度だ、この子と会話したこともほとんどない。


「ありがとうございます。お気遣いなく〜」


 莉央はにこやかにはきはきと言った。礼儀正しそうな子だ。


「ごめんね、ちょっと片付けるから待っててね。ソファで座っててね」


 莉央は「はい」と簡単に返事をすると、ソファにちょこんと座って荷物を横に置いた。

 俺はリビングで在宅ワークをしている。

 仕事で使う書類一式もダイニングテーブルに置いてあった。もうしばらく整理していない。夕食を一緒に食べるかも、と言っていたのでそのスペースだけは空けとかないと。


 ガサガサと整理していると、一番下にへたっているルーズリーフノートがあった。

『人生再建プログラム』

 こんなものを書いたときもあったな…白紙部分も多いし、まだ使えそうだ、あとで整理しておこう。俺は他の書類と一緒に机の端に寄せておいた。


 ある程度整理が終わったところで俺はゲームをしにテレビの前に戻る。

 莉央は先ほどと姿勢も変えず、ソファに浅く腰掛け、背筋をぴんと伸ばしていた。

 俺はちょっとだけ端に寄って床にあぐらをかいた。


 ゲームを再開する。

 意外だったのは莉央がゲームの画面をまじまじと見ていたことだった。こんな成人男性がひとりでやっているゲームみてもおもしろくないぞ。

 とはいえ俺は自分がやっているゲームを人に見られるのがちょっと嬉しい。

 何もやることがないのか、実はちょっとゲームに興味があるのか。なら一緒にやってみようかと声でもかけてみようか。

 …まあ別にいいか。


「…今の投げ抜けできたかも」

「え?」

 まさか向こうから話しかけてくるとは思わなかった。待て、その前にちょっとその具体的な指摘はなんだ。


「このゲーム知ってるの?」

「うん、たまにやってる」

 まあ大人も子供もやるわりとメジャーなゲームだ。おそらく友だちの家とかで何回か触ったんだろう。


「じゃあちょっとやってみる?」

 俺は提案してみる。

 こいつも初めての場所に来て内心落ち着かないかもしれないし、リラックスするいい機会だ。

 あと正直にいうとちょうどいい練習台がほしかったところだ。


「いいの?」

「いいよ、暇なんでしょ?」

 俺はテレビ下からめったに使わない第二コントローラーを取り出し、莉央の小さな手に渡した。

 莉央は意外と乗り気に見えた。


 試合開始。

 練習台とはいうものの、こういう時って大人らしく手加減した方がいいものだろうか?

 まあそんなの気にしなくていいか。

 どうせならかっこよくカウンターで決めてやろう。

――などと考えているうちに

 俺は小技を細かく当てられ、じわじわと体力を削られていき、

 気づいたらKOになっていた。


 …


 あれ?KO?


「私の勝ち?」

 見たらわかるだろ。それにしてもけっこう体力残ってるな…

「…お〜、なかなかやるね」

 急な負けで少し動揺したが、俺は顔に出さないように細心の注意を払う。


「…もう一回やっとく?」

 莉央はこっちを見て一瞬迷った様子だった。

「いい」

 あれ?けっこう楽しんでたように見えたけど。

「え、もう飽きちゃった?」

「そうじゃないんだけど」

 莉央はコントローラーを膝の上に置くと、ちらっと俺の顔を見た。

「…ふふっ」

 口元が少しゆるむ。


「勝ったままの方がおもしろいからw」


 …なんだこいつ。

 さっきまでの礼儀正しさはどこいったんだ。


「勝ち逃げってこと?」

「まーね、…ふふっ」

 顔をみて笑うとは失礼なやつだ。

 別に俺はおもしろい顔はしてないぞ。もしかしたら悔しい顔は漏れていたかもしれないが。


 俺は女の子にゲームで負けたことは忘れることにした。

 …それにしても油断していたとはいえ、けっこう大差だったな。カウンターの感じも慣れている人の動きだったような…

 いかんいかん、全然忘れられてないじゃないか。運が悪かったのかもしれない。あんまり考えないようにしよう。


「ねーねー」

「なに?」

「やっぱり負けて悔しい?」

「いやべつにまだ実力わからなかったから油断してただけだしそんなでもないかな」

 考える前に口がペラペラと言い訳を出してくれる。さすが長年のレスバでバージョンアップを重ねた俺GPTである。

「早口w やっぱり悔しがってる〜w」

 こいつ…思ったよりグイグイくるな…

 おっと落ち着け俺。相手は年下の女の子だ。腹を立てては器が知れるというもの。

 今は目の前の相手に集中集中。


 俺はレート戦へ戻った。

 ランクが上がったばかりで敵は強くなっている。俺はムキになってやり続けていた。

 背後でソファのクッションが、ぼふっと沈む音がする。


「おにいさんの画面退屈〜」


 こいつまじで自分の家みたいにくつろいでるじゃん。

 さっき母さんに「自分の家みたいにゆっくりしてね〜」って言われたのが原因だろうか?

 だとしたら随分と素直な子だ。ぜひ俺のいうことも素直に聞いて欲しいものだ。

 …まあ、くつろげてるならいいか。少なくとも居心地悪くはなさそうだし。


 そういえばこいつ、何年生なんだろう。

 制服を見る限り中学生なのは間違いなさそうだが、かなり小柄だ。膝下まである長いスカートのせいで背が小さくみえたのかもしれない。

 このタイミングで引越しってことは転校したのか?ずいぶん中途半端な時期だ。

 この時期の転校とか友だちとか今からつくるの大変じゃね?もうグループ固まってる時期だろ。


 …なんだっていいか。ただのお隣さんなんだし。


 今はそんなことを考えている場合じゃない。

 もう体力ほとんど残ってないじゃないか、ここ勝てればレート上がるから集中したい。

 莉央は暇だったのか部屋をうろうろし始めたが気にしない。


…


 視界の外から声が聞こえてくる。

「ねえ」

「んー?」

「これ見ていい?」

「ああ」

 画面から目を離さず、適当に返事をした。

 背後でぺらりと紙をめくる音がする。


「『人生再建プログラム』」


…


「人生再建プログラムっておおげさ過ぎw」


「…ん?」


 ちょうど負けたところで、なにか聞き覚えのある嫌な単語が頭をよぎった気がした。

 俺は莉央の方を見た。


 ダイニングテーブルの上、俺がさっき整理していた場所、彼女が開いていたのは、俺が一番見られたくないノートだった。


「ねえ、爆美女ってなに?」

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