2話 はじまり
目を覚ますと、俺は見渡す限りの緑が広がる、穏やかな丘の上の草原に横たわっていた。
これは夢なのか、それとも現実なのか――。五感を通して伝わってくるそよ風の心地よい冷たさ、手のひらで感じる土の感触、鼻腔をくすぐる青臭い草の匂いは、どれをとっても疑いようのない現実そのものだった。
(……夢なんかじゃない。俺は本当に、見知らぬ異世界へと転移してしまったのか……? でも、直前までの記憶や、これまでの人生の記憶はしっかりと頭に残っている)
「トーヤさん!」
急に名前を呼ばれて振り向くとそこに立っているのは20歳位の美しい女性だった。小柄で華奢な体つきでありながら、背筋はピンと伸びており、艶やかな黒髪は絹糸のように美しく長い腰のあたりまで波打っている。
「わっ!」
あまりの急な出来事に、反射的にびくりと身体を引いて後ずさってしまった。
(待て、誰だ!? さっきまで周囲に気配なんて微塵も感じなかったぞ……!)
「もう、そんなに警戒しないでくださいよ。私です、ミイです。あの……前まで三毛猫だったミイですよ」
「え?、あの猫?」
「私も神様にお願いして転移したんです。猫じゃなくて人間の姿になって」
「これからはトーヤさんをサポートしますわ。私達に反抗する者は魔物だろうと人間だろうと容赦しませんから」
「それはありがたいけど、なんで巫女の服なの?」
「これは単なる趣味です、前世の憧れてすかね。他にもメイド姿も可愛いから好きですよ」
そう言ってその場でくるりと一回転した。ミイはコスプレに憧れてたらしい。ちょっと物騒な事も言っていたが別に問題無い。もう我慢はしない。
「本当に転移したんだ……、まぁミイがいるし一人じゃないから前の人生より楽しそうだ」
「はい!楽しみましょう」
前向きに生きよう。【器用さ100】の新しい人生を歩み出すんだ。
ガササッ……!
「ん……?」
突如、草むらが揺れ草の影から一匹の魔獣が飛び出して来た。体長1メートルはあろうかという巨体、ギラギラと尖った黄色い前歯、そして手脚には刃物のように鋭い爪を備えた巨大な大鼠だ。
「うわぁ、なんだ……」
大鼠は真っ赤な眼光で俺を睨見つけ、襲いかかって来た。大きく跳び上がり鋭い爪で喉元を切裂こうと迫ってくる。焦ってどうしたらよいか分からない……。
だが次の瞬間――
まるで時が止まったかのように、目の前の光景が途方もないスローモーションへと切り替わったのだ。
宙を舞う大鼠の毛並みの揺れ、空気を引き裂く爪の軌道、着地へ向かう体の角度――そのすべての動きが、まるでコマ送り映像のように鮮明に脳裏へ映し出される。
「なんだ……、動きが見える……」
爪が振り下ろされる直前、俺は横へ一歩ステップを踏んで攻撃を紙一重でかわした。
そしてがら空きになった大鼠の胴体めがけて、無意識のうちに右拳を正確かつ力強く振り抜いていた。
鈍い打撃音と共に強烈な衝撃が走り、大鼠は3メートル程吹っ飛び草むらを転がった後、ヨロヨロと立ち上がり背を向けて逃げて行った。
自分の右拳を見つめ、乱れた息を整える。
(【器用さ100】って……動体視力や身体の精密制御までここまで跳ね上がるのか……!?)
「トーヤさん! 大丈夫ですか!?」
離れた場所から駆け寄ってきたミイが、心配そうにこちらを覗き込んできた。
「うん、びっくりしたけど……大丈夫だよ」
胸に手を当てて深呼吸をし、高鳴る鼓動を落ち着かせると、俺はミイに向かって微笑みかけた。
「さあ、何とか無事だったし……これから何をしたらいい?」
「そうですね、まずはあちらに見える町に向かいましょう。リデルの町です。ギルドに登録にした方がいいですね」
「ギルド?登録?」
「この世界の人間は皆ギルドに登録しているのです。ギルドカードを貰い、その人の職業やランクまたはお金を管理しているんです。キャッシュカードになるのです」
「へぇ〜、この世界もキャッシュレスなんだ。ちなみにミイは何の職業なの?」
「はい、私は魔術師です。魔法でトーヤさんをサポートしますね」
「それは頼もしいね」
ミイの話によると剣士、魔法使い、商人などの職業があり剣士は城の兵士など職について生活している。何にせよお金を稼がなければ生活が出来ない事は前世と変わらないな。
「よし、とりあえずはギルドだな!、行くよミイ」
「はい、トーヤさんひとつ注意して下さい。ギルドに登録は本名では登録しないで下さい」
「え?なんで」
「トーヤさんみたいに転移した人間が他にもいるからです。本名だと転生しとわかってしまいます」
他にも俺の同じ様に転生した人間がいるようだ。
まぁ、面倒臭くなりそうだから偽名でいいか。
「わかった、ありがとうミイ」
◇
リデルの町に着いた。城壁で囲まれた大きな街だ。門をくぐりギルドを目指す。賑やかな町で宿屋、武器屋、果物屋などいろいろな店があちらこちらにある。町の中央に立派な建物があり入口には何人もの旅人や冒険者達がいた。
「トーヤさん、ここがギルドです。私は既に登録してますから外で待ってますね」
「わかった、行ってくる」
ギルドに入ると更に人で溢れていた。俺は人を掻き分け受付を探し、受付の女性に話しかける
「あの〜、ギルドに登録したいのですが」
「はい、初めての登録ですか?」
対応してくれたのは30代くらいのはきはきした女性のメリッサさん。髪は肩ぐらいで美しい人だ。(この世界は美人が多いのかな)
「はい、初めてです」
「ならこの用紙に名前と職業を書いて貰えますか」
(名前はミイから偽名にしろって言われな。【トーヤ・クロフト】とトーヤはそのままでもいいか)
「あのメリッサさん、職業って書かないといけないのですか?まだ何も出来ないので」
「それなら、探索者はどうですか?職業は後からでも変更出来ますよ」
「そうですか、ありがとうございます」
「はい、これで登録終わりました。これがギルドカードです。ランクによって色が変わります。トーヤさんはまだ駆け出しですので緑色です」
メリッサさんの話しによるとギルドカードはランクによりカードの色が変わるらしい。職業別ではなくてそれぞれの職業の中のランクというわけだ。
S級ー金
A級ー銀
B級ー黒
C級ー白
D級ー赤
E級ー青
F級ー緑(※駆け出し)
と別れている。駆け出しはF級というわけか。
こればかりはしょうがない、なんせ転移したばかりだからな。
「あっ、クロフトさん、これからの準備としてこれよかったらお持ちください」
彼女がくれたのは、【剣術指南書・初級】、【魔法指南書・初級】、【初めての調合】の本だった。
それから、ギルドからの発注の仕事を教えて貰った。まずはポーションの調合の仕事やダンジョンの素材調達から始めたほうがいい事や、ランクが上がったら魔獣討伐とかの仕事をこなしていくといいらしい。内容に応じて報酬が違う事。ギルド裏のお店の串焼きが美味しい事。メリッサさんは優しく教えてくれた。
「クロフトさん、これもお持ちください。初心者用万能ナイフです。あとギルドカードに100ゴールド入っています」
「何から何までありがとう、メリッサさん。困ったらまた来ますね」
メリッサさんは笑顔で手を振って送り出してくれた。
(よし!登録も済んだ。しかしあんなにいい人いるんだな) 俺は笑顔でギルドを出た。
「あれ、ミイがいない。何処にいったんだ?」
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