8 花の山
翌日は何事もなく出所したんだけど、藤さんと顔を合わせた時は幾らか動揺したね。それに比べ、彼女の対応は堂々としたもんで、「昨日?何それ」って感じ。何時もの通り、お茶を出してくれる藤さん。何時ものあいさつ。何事もなかったかのような藤さん。
「おはようございます。昨日はごちそうさまでした」
俺は出所した斎藤さんにあいさつと居酒屋でのごちそうについてお礼を言った。
「おはよう。いやあ、悪かったね。奥さんがね、急に呼び出すもんだから。俺から誘っておいて、悪かったね」
「何でもないですよ。それより、何だったんですか?」
「いやね、子供が熱出してね。『薬がないから薬局で買ってこい』ってね。大変だよ、ホント」
「子供さん大丈夫だったんですか?」
「それが唯の風邪でさ。風邪薬飲ませたら、今朝なんかもう元気で、学校にすっ飛んで行ったよ」
「おはよう、斎藤さん。昨日はごちそうさんね」
「良いって、良いって」
藤さんが斎藤さんにもお茶を出しながら、会話に入ってきた。
「子供さん大丈夫だったんだ」
「そうなんだよ。家の奥さん大騒ぎするからさ、本当参っちゃうよ」
「まあ、仲のおよろしいようで」
「藤ちゃん、茶化すなよ、お茶だけにね」
何?
「座が白けた? 洒落の積もりだったんだけど・・・」
「ああ。そうですよね」
一瞬何を言っているのか分からなかったが、出されたお茶に掛けているのが理解できた。微妙な空気が流れたのを察した藤さんが机に書類を出し、ページを繰り出したのを見て、俺も昨日の案件のバインダーを出したのさ。言った本人はバツが悪そうにお茶をすすりながら、何事もなかったように受け流す。
9時になり、俺は昨日斎藤さんからもらった案件の依頼人の家に向かった。転用申請を依頼した川村と言う資産家である。家は郊外にあるので、車で5分ほど走ったんだけど、結構畑が多くて田園地帯だね、この市は。
家に着くなり、待っていたかのように和室に通された。柱が無垢のヒノキの5寸柱だろうか、太いね。畳も固くて、身が詰まっていそう。
俺は直ぐに仕事の打ち合わせに入った。持ってきたバインダーから登記簿謄本、公図、求積図、平面図をテーブルに広げ、説明。
「この規模ですと、県の農業会議の調査案件にはなりませんから、直ぐ通ると思います」
「そうかい?」
この家の主人、川村が人懐っこく返事をするもんだから、俺も調子に乗って適当な事を言い出す始末で、顛末を所長に報告する時なんか、「安請け合いなんかするな」と言われることが何度かあったっけ。
「アパートって儲かるんですか?」
「田中君はアパート経営した事ある?」
「すみません、有りません」
「そうか。アパート経営なんかしたことないんだ」
「はい」
「まあ、アパート経営は数が揃わないと苦労だけ背負い込むから、株式の方が良いよ」
「どういう事ですか?」
「アパートは10室以上じゃないと経営効率が悪くて、努力する割には儲けが少ないんだよ」
「そうなんですね」
「月10万の儲けも、月25万の儲けも経費率は同じなんだよ。手間を考えると分かるよね」
「はい」
「それに比べりゃ、株は良いぞ」
「どう違うんですか?」
「株は買えば後は寝かせておくだけ。証券会社が色々アドバイスしてくれるから、それを参考にすれば良い。それに対してアパート経営は住民の苦情を自分で解決しなきゃいけないだろ。面倒臭いね」
「なら、何でアパート建てるんですか?」
「それはさっき言った規模の適正化さ」
「はあ・・・」
「田中君は株はやっているのかい?」
「はい」




