6 君子危うきに近寄らず
転用申請の書類を作成し、近接地主の了承を得る為、アポイントの約束を取り付けていたら、退所時間になった。帰り支度をしていると、藤さんと斎藤さんが帰りに寄って行こうと誘ってくるじゃないか。
軍資金は今週のセレの買い物代に替わってしまったので、雀荘に寄る金がないから了承したけど。何だろう?
場所は、駅から少し離れた商店街の一角に位置する居酒屋になった。なんでも事務所として忘年会などに使っているそうだ。
「結局、何が原因なのよ?」
矢張り追及は、終わってはいなかった。藤さんが乾杯の後、聞いて来た。「夫婦喧嘩が原因」とは話したが、その夫婦喧嘩の原因については、流石に話せなかった。そりゃそうですよ。夜の営みを拒否されてぶっ叩かれたなんて、男の沽券に係わる事なんだから。
「他愛のない事ですよ」
「それは私が判断するのね。教えて」
「そうだぞ、折角相談に乗ってやっているんだから、正直に喋れよ」
「そうよ。親切に、夫婦円満の秘訣を教えてあげようとしているんだから、協力しなさい」
二人して崇高な使命の如く話しているが、俺の夫婦喧嘩の原因を知りたいだけなんだ。“他人の不幸は蜜の味”とは良く言ったもので、他者の不幸を知る事によって自分の幸せを噛みしめるだけなんだよな。
適当に話してはぐらかそうとしても、アルコールが入ったお陰か、自分達が納得するまで二人は追及を止めなかったので、とうとう根負けして俺は話したんだ。「実は云々かんぬんで」と。そうしたら・・・
「お前は馬鹿か? それとも変態なのか? 女房に殴られて喜ぶなんて、最低だな」
斎藤さんが何を勘違いしたのか、怒り出した。
「女なんて奴はな、一度ぶん殴られると、絶対男に逆らったりしない生き物なんだ。だから俺が言ったろう、始めが肝心だって」
「斎藤さん、俺は喜んでなんていませんよ」
「馬鹿。ものの例えだよ」
「そうですか?」
不貞腐れて返答すると、
「私達、貴方の事を心配しているから、聞くのよ。ほら、話しなさいってば」
「実は、俺が女房に・・・」
俺が仕方なく正直に話し始めると、斎藤さんのスマホがピロピロと鳴り出した。
「女房だ」
そう言うと斎藤さんはポケットのスマホを取り出した。「はい、はい」と言いながら、斎藤さんはスマホを持って店外に出て行った。
「帰れコールよ」
藤さんが教えてくれた。何年か前、喧嘩が原因で奥さんが実家に帰ってしまい、頭を下げて奥さんを迎えに行って以降、奥さんが主導権を完全に獲得。斎藤さんは奥さんの言いなりだそうだ。なんだ、自分がエムじゃないか。俺を変態呼ばわりした癖に、自分は奥さんの尻に敷かれて嬉々としているなんて。
「斎藤君は良いから、続けて」
藤さんに催促されたので、俺は事の顛末を喋った。喋り終わって酎ハイを喉に流し一息ついた頃、斎藤さんが戻ってきた。
「ご免。女房が呼んでいるんで、これで失礼するわ」
斎藤さんはそう言うと財布から万札を取り出し、藤さんに手渡した。藤さんが「多いから」と受け取るのを渋っていても、強引に彼女に握らせ、先に帰ってしまった。
「ごちそうさま」
藤さんが斎藤さんに言うので、俺も彼の後ろ姿に向かって「ごちそうさまでした」と返した。
それからは彼女のアドバイスというか、提案というか夫婦円満の秘訣なるものを授けられ、彼女の酒量は増えていく。滑舌の悪くなった彼女を見て、俺はお開きを提案した。アルコールで気分が高揚したのもあるんだろう。最後は俺に抱きついてきてしまう。
会計をして店を出る。彼女が俺と手をつなぎ、俺を駅に引っ張って行く。そして後100mになろうかという時に、彼女俺をラブホに引っ張り込んだんだ。
俺は抵抗した。お互い配偶者持ちだから、これは不倫関係になるよ。職場の不倫は、絶対周りの者にバレてしまう。そして修羅場になるのが予想されるので、俺は抵抗した訳よ。したけど、彼女に引かれてラブホに入ってしまった。




