39 模様替え
俺が依頼していた電機会社に勤めている者から、連絡が入った。埼玉の管長室の模様替えが終わったと。夜間に設置したいと話したら、夜間はライトの光りだけで設置するのは難しいらしい。日中の不在時を狙って行った方が安心安全だと教えてくれた。
何でも、盗聴マイク設置の依頼は結構あって、一番のお客は離婚調停に臨んでいる夫婦だそうだ。少しでも慰謝料を安くしたい、片や高額の養育費を獲りたい、そのせめぎ合いで両者から依頼を受けた事もあるそうだ。最も器具の設置は内職でやっていると言い、本業を圧迫する程の需要はないと言っていたな。
そういう事で、俺は埼玉本部の管長室に俺の部屋に付けられた盗撮カメラ、盗聴マイクのお返しに、同じ物を設置した次第です。
連絡が入ったので、直ぐに俺は埼玉本部に向かいたかったが、事務所の仕事を済ませておかないと勤怠評価に影響するので、18時迄通常通り勤務して、大急ぎで本部に向かった。
電車で1時間ちょっとだろうか。タクシーで本部に着くと、俺は事務局にシニア・エグゼクティブ・スーパーバイザー室に入る事を告げた。ついでに管長は何処にいるか尋ねたら、今日は後援者との会食で一日出払っているとの事だった。
そう都合良く事は運ばないよね。俺は部屋に入り、管長室にカメラとマイクを仕掛けた奴に言われた通り、デスクの引き出しを開けると、受信機と受像機が入っていた。
こんなのスパイ映画で見たまんまだよ。妙に興奮するもので、スイッチを入れてイヤホンを着け、モニターの画面を凝視した。管長室の全景が写っている。
準備はOK。後は主役が部屋で何を演じるのか見ものだね。
直ぐに俺は部屋を出て事務局に寄り、タクシーを呼んでもらった。時間にして20分もいなかっただろう。事務局の者は怪訝な顔で俺を見たが、直ぐにデスクに向かって自分の仕事を続けた。
彼等と話す事もないので、空いたデスクに腰掛けてタクシーを待った。
タクシーは直ぐに来たので、俺はそのまま本部を後にした。特に俺がする業務もないし、俺がする仕事も事務局から受けていないので、淡々としたものだ。
JRの駅には向かわないで、そのまま千葉の賃貸マンションまでタクシーで帰る事にした。何故か? 勿論自由にできる金が桁違いに増えた事もあるが、一番の理由はセレだよ。この処、株取引やら何やらで帰りが不規則になっていたから、彼女の機嫌の悪い事と言ったらありゃしない。
少しでも印象を良くしないと又、兵糧攻めにあうから、気を使いますよ。自宅近くのコンビニに寄ってもらい、ビールと酎ハイ、乾き物を購入。これが今日の彼女へのスヴニール(お土産)。
「ただいま。マ・シェリ」
「お帰り。モン・シェリ」
「はい。お土産」
「珍しいわね。何かしてきたの?」
「そんな事ないよ。最近帰りが不規則だったから」
「それだけ?」
「何か?」
「何か怪しいわね」
「何の事か私には分かりません」
「オララ」
「そんな事より飲もうよ。おつまみも買って来たからさ」
「OK」
セレがキッチンからコップを持って来て、缶ビールをコップに注いだ。適度に冷えていたから泡立ちも良く、美味そうだ。
「ヴォトル・サンテ」
「貴方の健康に、乾杯」
ビールの一杯目は本当に美味い。
「冷えたビールは美味いでしょ」
「そうね。ナンテールにいた時は、そこまで美味しいとは思わなかったけど。こっちに来て冷えたビールが美味しく感じるようになったのは、どうしてかしら?」
「このおつまみも旨いよ」
「何これ?」
「イカの燻製」
「遠慮しとくわ」
「食べた事ないでしょ?」
「ええ」
「食べてご覧」
「これは何?」
「それは塩昆布」
「遠慮する」
「これも食べた事ないんだ。騙されたと思って、食べて」
嫌な顔をしながらセレが塩昆布を食べる。不安な顔から、無理顔に変わった。食べる習慣のない食材を敬遠するのは仕方ないさ。これからも、彼女の食習慣にない物をお土産にしよう。日本の味覚に慣れてもらわなくては困るし、変えてもらわなくては。
彼女に日本の食文化を知ってもらいたい、その一存で俺は彼女に珍味や如何物も食べさせようと決意した。俺の気持ちが軽くなった瞬間だ。
それでもビールから酎ハイを飲み始めたセレの機嫌も段々と良くなり、軽口も出だした。
「ねえ、知ってる?」
「何を?」
「エル―、オドゥサデ・デ・ピレネ。ヴェリテ、オドゥラ」
「何て言ったの?」
「ピレネー山脈の向こうでは嘘でも、こちらでは真実」
「どう言う意味?」
「同じ物でも見方によって、真逆の判断になる、と言う事よ。貴方と私じゃ価値観が違うから、貴方にとって美味しい物も私には無理」
「イカ燻や塩昆布は無理って事か」
「分かった? だから無理強いしないの」
そう言いながら、彼女が俺の口にイカ燻や塩昆布を無理やり入れてきた。量とすれば大した量ではなかったので、そのまま嚙み砕いて飲み込んだんだけど、又俺の口に追加で入れてきた。流石にお代わりは結構だと拒否したら、今度は俺の膝に跨り、左手で俺の口を開けさせると、口移しで御つまみを入れてきた。
凄い興奮するような、玩具にされた悔しさなのか気持ちが昂り、俺は彼女をソファに押し倒してしまった。
それからは彼女が主導権を握って事が進行したんだけど、フィニッシュを迎える段になり、例の悪寒に襲われたんだ。身体が前に進もうとしているんだけど、頭髪を後ろから引っ張られるような感覚と言えば良いだろうか。肉体と思考が別方向に向かっている感じがするんだ。
そしてエドの声が静かに聞こえてきた。
「今がチャンスだ。彼女に話せ」




