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40 地獄の歓待


 セレが恍惚に 浸っている最中、俺はエドに協力すると彼女に伝えた。文法的には彼女が夢うつつの状態で、代名詞と不定冠詞を使った単純未来形で願望を伝えたんだ。

 つまり「ある友達と旅行に行くかも」、「行く?」

それに対する彼女の反応が「逝くぅ・・・」


 こうして俺は馬頭観音を降臨させ、彼の眷属とエドと共に地獄に向かったんだ、目的はマラドゥレスの捕縛。


 地獄と言うのは入る時の制約は何もないが、そこから出る段になると凄まじい障害があって、地獄の住人は地獄の業火を潜って現世に出る事ができない。業火に焼かれるとその身は蒸発してしまうからだ。何人もその業からは逃れられないからだろうか?魑魅魍魎、悪魔もそれは変わらない。

 但し、人の霊魂だけは一日経って蘇生され、地獄の生活を繰り返すそうだ。輪廻転生の輪から逃れられないから?


 馬頭観音は観音菩薩が六道(りくどう)に対応する変化身として三悪道(地獄、餓鬼、畜生)に対応した観音であり、観音でありながら明王のような憤怒相をしているから、悪人対応型なんだろう。眷属も二十八部衆や十二神将、八大龍王、四童子などがいて、今回は不動明王つながりで制吒迦(せいたか)童子(どうじ)様に帯同をお願いした。何故彼かって? 金剛(こんごう)杵(しょ)と金剛棒を持っているから、それだけ。



 地獄ではエドの配下が、マラドゥレスを追って各軍団に内偵を入れていたが、その行方は杳として知れなかった。エドが現世に滞在していた数カ月間も、無為の時間が過ぎていた訳だ。

 エドはマラドゥレスの絶縁状を地獄界に回していたが、誰からも情報は流れてこなかった。勿論彼を傘下に迎える軍団への抑止効果はあったのだろうが、彼の捕縛にはつながらなかった。

 エドの苛立ちは彼の不在中、何ら進展がなかった為か、配下の者に向けられた。流石に俺達には表面上は穏やかに接していたが。そんな彼の姿を見て、制吒迦童子が俺にこう言ったんだ

「私が見つけましょうか?」


 その声にエドが振り向いた。目は血走り、大きく開かれた真っ赤な口から真っ白な歯茎がやけに目立ち、下顎から涎がボタボタと落ちている。何度見ても気持ちの良いものではない。

「童子様、どういう事でしょうか?」

「いや何ね。オロバス殿が手こずっていらっしゃるのなら、私がお手伝いしようかと思いまして」


「可能なのでしょうか?」

「恐らく」


 俺はエドを見た。エドも俺達を見ている。そして俺達に向かって接近してくる。勘弁してくれよ。

「私が左手に持つ金剛杵は元々ダイヤモンドのように固い雷、武器なんです。それを使う事によって煩悩を滅ぼし、悟りを開く事ができます」

「それは存じております」


「金剛杵を使えば無明は晴れ、蒙昧は消え去り、真実のみが表われるのです」

「噛み砕いて言いますと?」


「的が何処にいるか見えるのです」

「本当ですか?」

 俺は呆けて、素っ頓狂な言葉を発してしまった。仏の眷属に何たる罰当たりな言葉をかけてしまったんだ。


「申し訳ございません。心にもない事を申しまして。お詫び申し上げます」

「大丈夫ですよ。気にしませんから」


「感謝申し上げます。ありがとうございます」

 俺が童子様に何度も謝罪し、頭を下げている時、遂にエドが声を掛けてきた。


「それは真か?」

 この罰当たりが!! 俺は直ぐエドに向き直り、彼に注意した。

「言葉を慎みなさい」


「構いませんよ。無知なる者には理を伝えれば宜しいのですから」

 童子様、それってエドを貶(けな)しています? そんな俺の気持ちも知らず、エドは童子様に再度尋ねた。


「真か?」

「はい」

 童子様は短く明瞭に応えられた。


「どうやって?」

「この金剛杵を使えば簡単です」


「今、できるのか?」

「勿論です」

 エドが急に雄叫びを上げた。否、けたたましく嘶いた。彼の嘶きは辺りに反響し、ハウリングが増幅して空気が振動する。その振動は彼の軍団員にも波及したのだろう。マルバン、マルフゥが駆け付けた。


「それでは直ぐにでも実施してくれ」

「それは構いませんが、地獄に来ていきなりはどうですか?」


「どう言う意味だ?」

「私達は、今地獄に着いたばかりです。地獄の右も左も分かりません。状況把握位しないと」


「確かに」

「それと・・・」


「まだ何か」

「こう申し上げては何ですが、現世では彼に歓待して頂いたのですが、ここでは?」


「うん?」

 俺は直ぐ理解した。仏を降臨させるには供応を施さなくてはならない。歓待して気持ちよく対座して頂く。これですよ。エドも俺の思念に感応して理解したのだろう。配下の者に歓待の準備を命じたんだ。


 地獄の歓待と言うとどんなものを想像するだろうか? 経験した事がないから詳細は? そう思う人もいるでしょうから、掻い摘んで表現すると、歓待を受ける側の立場(ここでは童子様と俺)の世界にマッチした景色が広がり、天界、人界の歓待と同じような歓待形式が展開されるんだ。

 天界に属する童子様には上から金の雨が注ぎ、五色の雲が上空に漂い、羽衣をまとった天女が舞を披露している。人界に属する俺にはピチピチのボディラインが強調されたドレスをまとった複数のホステスが接待してくれるんだ。

 これが地獄界の接待だったら分かりますよね。或る者はドロドロに溶けた鋼鉄の飲み物が喉に注がれ、或る者は錆びた鋼の鋸で引き裂かれ、或る者は汚物に塗れた幾多の針を無造作に喉の奥に流される。所謂地獄絵図に描かれた光景ですよ。

 だから、今生では転生への僅かな期間でも、来世での安寧を願って、清く、正しく、美しくが良いと思います。


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