35 川村の株式手法
「何が必要かというと・・・」
「はい」
「徳だね」
「得? メリットなら俺でも分かりますよ。比較対照して株は買っていますから。」
「違う、違う。道徳の徳、人徳の徳だよ。」
「はあ」
「“積善の家に余慶あり、積不善の家に余殃あり”と言って、昔から善行を為す人の家は栄え、不善を為す人の家は災いが残ると言われているのだよ。これは個人の善悪がその家族、子孫にも及ぶと説いている訳」
「個人の結果が子孫にも及ぶんですか?」
「そうだよ。だから行動は慎重にしないといけません。自分だけではなく、子や孫にまで影響を及ぼすから」
「道徳の世界じゃないですか」
「いや、実体験から語られているものもあるの」
「実体験? 誰の経験談ですか?」
「中国の何時代か忘れたけど、陰騭録という書物があって、そこには著者の実体験が綴られているんだ。うろ覚えで詳細は忘れたけど、著者は小さい頃、己の運命を占いによって告げられたのね。それによると科挙に合格し、北京で官僚として出世するのだけど、子供はできなくて、短命に終わると。その後の人生イベントが占い通りだったので、著者は人生を達観してしまったんだ。或る日、大臣か誰かお偉いさんの付き添いで、或る寺に行き座禅をしていると、その寺の僧が彼に『貴方は悟りを得たのか』と尋ねてきたそうだ。彼は僧に己の過去を話して、『以来私は運命論者になった』と告げたんだ。そうしたらその僧は『馬鹿者』と喝破して言うには、『運命は自らが切り開くもので、決まったものじゃない』と説いたんだ。そして彼の達観は『釈迦の境地じゃない』とまで言ったんだよ。そこで彼は僧に尋ねたね。では、どうしたら運命を変えられるのかと。僧曰く『積善陰徳』。その日以来、著者は善悪を数値化したんだ。例えば、誰かを褒める1点。誰かに感謝される2点。誰かを助ける10点。誰かの命を助ける千点とね。他人の悪口を言う-2点。他人の物を盗む-千点とね。そして、その数値が+1万点になった時、彼は子供も持つ事ができたんだ。彼は、運命は変えられると確信して、自分の子孫にこの事を伝えようとして、著書を記したのさ」
「いやあ、長くて最初の頃頭に入ったのが、次から次へと出て行って、最後の数値しか頭に残っていません」
「アンタね。人が折角良い話しをしていたのに・・・」
「大丈夫です。大体の処は掴みましたから」
「じゃ、私が何を言いたかったのか理解した?」
「凡そですけど」
「話してみてよ」
「それでは。先ず、プラス行動がマイナス行動を上回ると、人生の貯金ができて、子供に資産を残せる。逆に人生の負債が増えて、自分で返せなくなるとリレー返済になる」
「まあ正解だ」
「これで基礎はOKですね」
「そうだね」
「後は実践ですから、具体的な手法を教えてください」
「最初に、これだと思う株を6種類調べて、その中から3種類選ぶ。そして最小単位で良いから購入する。一ヶ月後、その中で運用成績の良い株を追加購入する。その時、成績の悪い株は損切り。これを繰り返していく。但しだ。手持ちの株は8種類以下にする事。手を広げ過ぎると管理できなくなるし、コストパフォーマンスが悪くなるから。こうして売買を繰り返すと、自分と波長の合う株が見つかるよ」
「川村さんはその手法でやってきたんですか?」
「最初は違っていたけどね。試行錯誤の結果、株は運。運を良くするには善行。人生の貯金を株に投資する。その結果が今だよ」
「今、幾ら位運用しているんですか?」
「運用しているのは3億。でも日計りはしていないからね」
「それは何となく分かります。俺も手数料は都度支払っていますから」
「それが一番だよ。一日定額なんて恐ろしくて手が出せないよ」
「それで内容は?」
「それを聞くの?」
「大丈夫ですよ。税務署には黙ってます」
「当たり前だよ。怖いね、君は」
「ははは。それより教えてください」
「仕方ないね。MTT、これは配当目当てだ。80円位の時に買ったから、含み益が80%位じゃないか。次はアドスト、こちらは君がやっているナスダックのMVDA関連で含み益が100%。後は、株主優待関連で慶応乳業とジャストもあるね。メインは4種類だよ」
「それ以外は?」
「日計りじゃないけど、値動きの分かる株があるとすると、短期で購入はするね。それでもそういう株は一ヶ月以内に手仕舞うよ」
「それは何処を参考にしているんですか?」
「チャート、RSI、パラボリック、そして信用残だね」
「矢っ張りね。俺も信用残は見ています、提灯をつけるのに」
「へえ。大胆だね、田中君。仕手に乗っかるんだ。まあ怪我をしない前に止めるこった」
「大丈夫ですよ。金額自体が、そもそも小さいですから。ですけど、仕手株は興奮しますね。ギャンブルやってる感覚って言うか、賭け事してる時の高揚感が味わえるんですから」
「あんた絶対ギャンブルで身を亡ぼすよ」
「それは大丈夫です」
「何で?」
「それを理解しているから、賭け事は少額、投資は大金。この原則を崩した事はありませんし、身内で財産を溶かした者を見ていますから」
「そうなんだ」
「ですから私のやっているのは現物で、信用や先物には手を出しません」
「それが一番だよ。市場に最後まで残るのは、そういう原則を堅持する者だけさ」
「但し、レバレッジは掛けますよ」
「やっぱりあんた、何時か死ぬよ」




