33 レスの理由
翌朝、俺は未だアレが痛かったけど勇気を振り絞ってセレに尋ねた、何故させてくれないのかと。そうしたら彼女が言ったんだ。安心して妊娠したいから、少しでも心に不安を抱えたくない。精神的に不安定だと排卵にも悪影響を与えるからだって。
女体の神秘について知識のない俺としては、彼女にそう言われればそうかと従わざるを得ない。
「それじゃ、心安らかにする為には、どうすべきなの?」
「私が精神的に安定する事ね」
「ヨガやったら?」
彼女はキッと俺を睨みつけた。何か気に障る事言った?
「あのね。それ以前の環境整備を言っているの」
「賃貸だけど家もある。仕事もあって収入的には安定している、君もね。家事は殆ど君がやってくれているから、それは感謝しています。その代わりと言ったら何だけど、家事手伝いはいているよ」
「そんな事言っているのじゃないわ」
彼女の言わんとしている事は分かるんですよ。一度憑依されて、精神的に最悪だったと言っていたから、オロバスの排除以外何物でもない。だけどね、彼がマラドゥレスの処分を俺に依頼したいと言って、代償として接触を認められたんだから、俺がどうこうできるレベルじゃないよ。
彼女の求める環境を整備するには、ベルナール大司教に話すしかないだろう、違うかい? そう言えたら良いんだけど、言える立場じゃないから・・・
そんな曖昧な状態で過ごしていると、大井の代理と名乗る弁護士から面会を求められた。いよいよ告訴かと思っていたら、彼女は俺と争う事は歓迎しないんだとさ。何でも行き違いによる売り言葉に買い言葉、一度冷静になって話し合えば、分かりあえると思っているそうだ。
場所は埼玉の本部で弁護士立会いの下、行いたいとさ。俺は今一、彼女の意図が分からず躊躇して、回答期限を過ぎても返事をしなかった。
そうしたら、今度はつやのマンションで、大井と俺とつやの三人でどうか、と言ってきた。段々条件が下がってくるのが分かると、相手の立場が相当に悪いんじゃないかと思えてくる。粘ればもっと良い条件で会えると思うけど、三人で会うのも大井サイドからしてみれば大変な譲歩だったろう、何せつやは、俺サイドだから。
俺は大井に会いたくもないが、大井は俺に会いたいのだ。その理由が何かは知らないが、俺に配慮した設定になっているから良しとしよう。
平日の日中、つやのマンションで俺と大井の会談が始まった。マンションのエントランスには例のボディーガードが立って、不審者の排除を狙っている。俺はそのエントランスを通って、つやの部屋に入った。大井はつやと既に待っていた。
「田中さん。お忙しい中、お越し頂き感謝致します」
開口一番、大井が馬鹿丁寧なあいさつをくれた。今までだったら「田中君」だよ。それがさん付けだ。気味が悪いね。
「今まで田中さんとはボタンの掛け違いから、色々と気まずい思いをさせてしまったのは、私の望む処ではありませんでした。今日はざっくばらんに話しをして、意思の疎通を図りましょう」
「随分対応が違いますね。告訴はどうしたんですか?」
「あはは。あれは言葉の綾よ。私にはその気は全くありません。唯ね、教祖としての立場上、ああいう言い方をしなければならないのよ。分かってね」
最期はしなを作ってきたよ。
「田中さん。私からもお願い。管長の話しを聞いてやって」
「まあ、つやちゃんがそう言うなら・・・」
「ありがとう、つや。ありがとうございます、田中さん」
大井が涙を流してつやの手を握り締め、俺には手を付いて頭を下げた。一々対応が大仰なんだよ。
「それで・・・ 大井さんは何が言いたいの?」
「実はお尋ねしたい事がありまして・・・」
「何?」
俺は素っ気なく返した。今まで受けた彼女からの対応への嫌味もあって。幾分かは気持ちが晴れたよ。俺は決して心は広くもないし、聖人君子でもないから。
「実は・・・」
「管長。恥を忍んでも仰ってください」
「実は田中さん・・・」
「何?」
いい気味だ。これで少しは溜飲が下がった。俺は心は狭いし、自己中だから。これ位仕方ないさ。
「観音様を降臨させて頂きたいのです」
「観音様?」
「はい。あれ以来、ご降臨なさらないのです」
「それなら、修法なさったら」
「駄目なんです」
「駄目?」
「私達得度式は受けましたが、伝法灌頂を頂いた訳ではありません」
つやが補足した。
「小田さんは授けなかったの?」
「結縁は受けましたけど、彼には法力なんかありませんでした」
「あははは。それで良く管長って言ってましたね」
「お恥ずかしい限りで」
「それじゃノービスじゃん」
「???」
「あそこに毛の生えてないって事」
大井もつやも、俺の例えで赤面した。いい加減いたぶるのも飽きたので、真剣に聴こう。
「観音様を降臨させてください」
「俺、東密国立宗徒じゃないよ」
「シニア・エグゼクティブ・スーパーバイザーとして幹部待遇で迎えます」
「幾らで?」
「お幾らをお望みで?」
「大井さん。貴女の収入は?」
「私のですか?」
「そう」
「まあ・・・位かな?」
「幾ら?」
大井は金額を言うのを躊躇っている。滅茶苦茶もらってるのかな?
「大体3億位です」
「へえ、そうなんだ。それなら俺も同額で」
「無茶を言っては困ります」
「俺は困らないよ。困るのは貴方でしょ?」
「ふざけないで!!」
大井が声を荒らげた。平身低頭で俺に懇願していたのに、自分と同額を要求したら豹変した。
「管長」
つやが彼女の興奮を和らげようと声を掛けた。一声掛けられて我に返ったのか、「冷静に、冷静に」と呟きながら彼女が深呼吸を繰り返す。
「観音菩薩を招来できないから、俺に修法してくれ。だけど金は出せない。こう言う事?」
「そうは言っていません」
「だって3億出せないんでしょ」
「私と同じとは・・・」
「観音菩薩を招来できない管長に3億出せて、俺には無理」
「私だって最初は招来できたの。でも・・・」
「結局無理なんでしょ」
「・・・」
「田中さん。私達を救って、お願い」つやが俺に再度、頭を下げた。「教団の存立に係わる問題なの」
「どうしようかな?」




