28 セイラム魔女裁判
翌日事務所で、俺は或る建設会社の建設業許可申請について藤さんと話していたら、スマホにセレからの着信があった。出てみると、今日ロバートと3人で食事をとる事になったとの連絡だった。場所は銀座の某レストラン。8時に予約したから遅れずに来いと。
スマホを切ると直ぐに藤さんが聞いてきた。
「奥さんから? お熱くて羨ましいわ」
「藤さんのところも、でしょ?」
「私のところなんて、子供の手が離れた途端、外食がなくなったのよ。酷いと思わない」
「そうですか。どうしてなんですか?」
「子供が父親と外食に行きたがらないの。それで仕方なく私と子供だけで行っていたの。そしたら旦那が怒っちゃって、それから連れてってくれないのよ。酷いでしょ? そう思わない?」
「本当ですか? でも旦那さんも寂しかったんじゃないですか?」
「確かにそれはあったとは思うわ。でもね、子供が嫌がるのに連れては行けないでしょ。そこのところが分かってないのよ、本当にあの人は」
話しながら藤さんがため息をついたので、子供を介した夫婦生活だったんだろうと推測した。
「子供さんは男の子、女の子?」
「男の子よ」
「じゃあ、反抗期ですか?」
「高校生だから違うんじゃない」
「そうですね」
「それよりも、貴方の事よ。今日二人でお食事なの?」
「違いますよ。昔の知り合いが『東京に来たから3人で食事でも』ってなって。それで、ですよ」
「そうなんだ。お友達が上京して来たのね」
「まあ、そうです」
「何処から? 大阪?」
「違います」
「北海道?」
「遠い処です」
「じゃ、沖縄か」
「まあ、そんな処です」
アメリカから来日した、と答えようと思ったけど、勘違いはそのままにした方が良さそうなんで、否定しなかった。
「そんな事より仕事ですよ。この会社の決算書、見せてください」
「はい、はい。分かりました」
元の会社の前でセレと待ち合わせをして、連れ立って8時前に指定されたレストランに着いたら、ロバートは既に店の中で待っていた。
「ヘイ、セリーヌ。元気?」
「ウィ、メルシ・ボク。エ・トゥワ? ロバート」
「元気、元気」
「ヘイ、ジミー。元気?」
「ハイ、ビッグ・ブロ。OK、OK」
この後は英語もフランス語も片言しか分からないので、セレに全部通訳してもらったので、皆さんにも日本語で紹介します。
彼の会社は親父さんの時代に多角経営に乗り出し、今ではロサンゼルスを中心に酒類販売、ラジオ局、映画制作会社と多岐に渡って商売をしているそうだ。その中で彼に任されたのは酒類販売だと。
「ジミーの会社に行ったら、通訳で彼女が出て来たからビックリしたよ。それでジミーが会社を辞めたって聞かされて二度ビックリさ。そして結婚したってのも聞いて、又々ビックリ。驚きの連続だったね」
「兄貴、悪かったね。連絡しないで」
「良いさ。ジミーとセリーヌが元気なら。こうして会えたんだから最高だよ」
「そう言ってもらえると嬉しいよ、俺も」
「そんな事より、何故辞めたんだい?」
「俺より彼女の方が使えるからさ」
「それは本当だ。ジミーは英語も喋れないから会社じゃアウトだ。それに比べてセリーヌは英語もスペイン語も話せるから俺の会社にも欲しいよ、本当に。なあセリーヌ。俺の会社に来ないか?」
「兄貴。彼女は俺の女房なんだから、アメリカには遣らないよ。その代わり、俺なら良いよ」
「それはご免被る。ジミーが来たら会社が潰れるよ」
「酷い言いようだね。そんなに俺の評価は低いの?」
「英語が喋れると言ったって、野球用語だけだろ。バスケットボールやフットボールは?」
「知らない」
「じゃ習ってから来いよ」
「OK」
そんな軽口を叩いて、楽しいひと時を過ごしていた俺達。食後の会話の中で、一つ奇妙な話題が出たんだ。
「それで、親父が映画を製作しようと金策に回っているんだけどね、中々集まらないんだ。シナリオは完成しているのに」
「どんな映画?」
セレが興味を持ったのか尋ねた。
「タイトルは決定してないけど、“セイラムの魔女裁判”」
途端に彼女の顔に陰りが見えた。俺にはその理由が分かったけど、ロバートは訳が分からず、彼女の体調を心配し出した。
俺は化粧室に彼女を連れて行き、少し休むように言った。幸いにもこのレストランには個室もあり、空いている一室をマネージャーに理由を話して、暫し使わせてもらった。
深呼吸を幾度かして、気を落ち着かせる。それで気分が多少なりとも改善したのか、接客中もあってか彼女が席に戻ると言った。俺が「体調は大丈夫か」と尋ねると、「気分が楽になった」と応えたので、席に戻る事にした。
心配していたロバートだったが、二人で戻ると一安心したのか、「会計も済ませて来たのか?」と地口も飛び出した。一応説明しますと、“小用を済ます”と“所用(会計)を済ます”を掛けています。
俺は「これでお開きにする」と彼に伝え、改めて明日ランチを提案した。ロバートも俺の気遣いを受けるとして、その日は解散した。




