25 堂々巡り
つやのマンションで繰り広げられる菩薩の境地を俺は見る気がしなかった。端から騙して演技してのそれだから、良心が痛むというか、いたたまれない心境に近いな。大井とつやとエドを残して、俺は隣りの部屋に移動した。
自宅には3時過ぎには帰って来た。セレはソファに座って、スマホで何やら聴いているらしい。両耳にイヤホンを付けているのが見えた。
俺は彼女の前に立ってあいさつした。
「ただいま、マ・シェリ」
「お帰りなさい、モン・シェリ」
イヤホンを外しながら彼女が応じた。
「さっき、テスから電話があったのよ」
「へえ。朝早くから何だろうね」
時差があるので、3時頃にテルしたとなると、向こうでは朝の8時頃か。働き者だな、彼女。
「この間、話した件よ。ベルナール大司教が悪魔を召喚したのは事実で、政治的な絡みがあるから理由は言わなかったけど、確かに貴方との接触は『代償として認めた』とテスが説明してくれたわ」
「そうでしょ。だから俺の言った通りでしょ」
「それは認めるわ。でもね、何で代償が貴方との接触なのよ。可笑しくない?」
「それは知らないよ。知りたけりゃ彼女に聞けば良かったじゃないか」
「彼女は知らないって。ベルナール大司教が説明してくれなかったそうよ。そうなると、貴方に聞くのが筋じゃない?」
「知りません、俺は」
「じゃあ聞くけど。アレと何を話したの?」
「何をって。『反逆者の捕縛』って、言ってたな」
「何の事?」
「自分に背いた部下を捕まえるにあたって協力してくれ、らしい」
「らしい?」
「協力を依頼されました」
「断ったんでしょうね」
「何も応えてないよ」
「どういう意味?」
「ウイもノンも言いませんでした」
「なんて男なの!! そんなのさっさと断れば良いでしょ」
「そうなんだけど・・・」
「煮え切らないのね。私を巻き込まないでね」
「それは安心して。君の事は伝えたから」
「何を伝えたのよ」
「だから、悪魔に憑依された事さ」
「余計な事を」
「でも、君の事を思って・・・」
「兎に角、私はアレには関与しないわよ。だから、その話しは私の前でもうしないで」
「分かりました。でもね、ベルナール大司教やテスから頼まれたらどうする?」
「私は言いました。私の前ではその話しは絶対しないで。分かりました?」
「はい」
“取り付く島もない”とはこの事だね。彼女のお説教を聞いて気分が落ち込んでいると、エドの声が突然、頭の中に届いた。
「魔法使い。随分苦労しているな」
それは貴方のせいだからですよ。
「まあ、部下の冒した事だからな」
それでも監督者たる貴方の責任はあると思いますが。
「勘違いするなよ。前に言ったであろう。吾輩達はお前達の世界で言うところの個人事業主なのだと」
それは伺いました。ですがそれを束ねて行動する訳でしょ。
「そうだ」
それなら、貴方の統率力に問題があったのでは?
「全てを統率する事など不可能だ。一応皆、独立独歩だからな」
でも軍事行動を起こした時は、貴方の指揮に入りましたよね、全て。
「良いか。吾輩の統率力で作戦遂行できた訳ではない。戦後の褒賞目当てで動いた結果なのだよ。そうだ。例えて言うなら、中世の小領主たる騎士が国王の命で戦に参加し、その指揮下に入っても軍事行動は単独で行う。国王の命令で動くのは、国王の直属の部下だけだよ。お前の国でも昔の武士はそうであったろう?」
そうですか? 確かに“御恩と奉公”で結びついていた時代はありましたが。
「そう考えてくれ。吾輩の軍団に所属した方が、利益になるから集まるのだ。吾輩が何も与えられないのなら、彼らは別の軍団長の許に移るだろう。まあ悪魔の系統から制約を受ける事はあるがな」
それで、結局貴方に責任はないと。
「吾輩に責任はない」
明瞭に答えますね。
「不満かね」
いえ。
「悪魔を信用するな。お前が吾輩の同胞を紹介してくれて、あの戦に勝利したから敬意を表しているだけで、それがなければ悪魔と魔法使いとの関係でしかない。それを違えるなよ」
それは存じています。
「良し。それでは話しを戻そう。返事が無理な事は、お前達の会話で理解した」
はい。それでは諦めてもらえますね。
「それは駄目だ」
何故ですか?
「大井と言ったな、あの女」
はい。
「アイツはもう我が物になった。それを彼女が望んだのだ」
え?
「彼女は吾輩の素性を薄々分かっていて、あのような行動に出たのだよ」
言っている意味が良く分かりませんが。
「お前との話しでは『観音を装って幻影を見せ、自己暗示によって入我我入の境地を疑似体験させる』だったな」
そうです。
「彼女の方がお前より一枚上手だったよ。男達が壊れる前に彼等の体験した事を聞いて、吾輩が観音でない事に感づいたらしい。それでも観音に近い吾輩の力を欲したのだな、教団を支配する為に。彼女は立派な魔女になったよ。その切っ掛けをお前が用意した、という訳さ」
そんな・・・
俺は言葉を失った。大井は自ら教団のトップを望んだのか。悪魔の力を借りても、権力を希求したのか。そして自ら魔女に為り下がった。
「お前の浅慮が一人の魔女を誕生させた。そして魔女は教団を利用して己の欲望を際限なく拡大させる。そんな魔女をお前は地上に出現させたのだ。吾輩は彼女達を守る義務がある。正しく契約が発生したのだよ」
悪魔!!
「それがどうした」
待ってください。それはベルナール大司教との契約に反しませんか?
「彼とは契約を結んでいない。お前との接触を代償にしただけだ」
でも大井との接触は?
「吾輩は望んではいなかったし、要求もしなかった。お前が準備をし、大井が自ら望んだ。それだけだ」
詭弁だ。
「お前は悪魔に何を望む、誠実か? 悪魔は望まれれば契約によって力を与え、そして対価を得る。これは不変の真理だ。それに抗えば己が存立に係わる問題になってくる。ルシファー様が許される訳がない」
俺の考えは甘かった。エドが堕天使系統だから、もしかしたらと考えたが、悪魔は所詮悪魔なんだ。
「唯な、吾輩もお前には恩義を感じている。だから、これは吾輩からの提案だ」
エドは何かを俺に伝えたが、その時の俺の心境はとてもじゃないが、人の話しを聞く状態ではなかった。話しを聞いても右から左に話しが流れるように、何も内容が頭に残らなかった。何を彼から提案されたのか、全く覚えていない。




