17 友有り遠方より来る
見覚えのあるような、ないような物が徐々に迫り、俺はパニックを引き起こしそうになった。まさか?
「東洋の魔術師」
この声は聞き覚えがある。しかし会いたくない。何故? それは奴が・・・
「聞こえているのか? 東洋の魔法使いよ」
「はい。エド」
遂に発してしまった、彼の名前を。どうして? 降臨できたの? 誰が召喚したの? 次々と疑問が湧いてきた。そんな疑問に応えるかのように、エドは語り出した。
「お前の問いに応えてやろう。吾輩はピエール大司教から召喚されたのだ。そしてその対価としてお前との対面を望んだ、という訳さ」
「私との対面?」
「そう」
「何故でしょうか? エドとのお付き合いは、馬頭観音様が貴方の側に立って問題の解決をしたではありませんか。それで終わったと思っていましたが」
「あの時は吾輩の同族に助けられたな。改めて礼を言う。『メㇽシ・ボク』これで良いか?」
「いやあ、そう言われましても」
「何だ、不服か?」
「滅相もございません。エドに二度もお礼を言われるなんて、光栄の至りです」
「なら、良いではないか」
「はあ」
「実は、な」
聞きたくない。絶対聞きたくない。聞けば彼の問題に係る事になる。そう俺の第六感が教えているんだ。“君子危うきに近寄らず”とも言うでしょ。
俺がエドから顔を背けていると、つやちゃんが何事か心配そうな、否、不安気な顔で俺を見ている。逝っちゃったかな、とでも思っているのかな?
彼女の顔は「私をこのままにして良いの? 私、美味しいわよ。隣の部屋でね」ってな顔をしている。辛抱堪らん。
「おい、聞いているのか?」
怒気を含んだ声が聞こえてきた。反射的に俺はエドの顔を伺った。怒ってはいない。一安心。
「はい。何でしょうか?」
「先の戦では完勝だった。しかしながら、反逆者のマラドゥレスには逃げられてしまい、一部の軍団は離脱したままだ」
「そのようで」
「これは吾輩の悪魔軍団での地位に影響を及ぼすものなのだよ。反逆者を粛清できない軍団長は、何時か又、反旗を翻される。是が非でも、反逆者マラドゥレスを吾輩の目の前で処刑しなければならないのだ」
出ました、無理難題。俺にどうしろと言うの?
「折角、その気になったのに、私をほったらかしにするの?」
彼女が俺にこの後、どうするか尋ねてきた。勿論、貴女とチョメチョメしますよ。ええ、しますよ。その気はありますから、安心してね。
「ねえ、どうするの?」
ちょっと、待て。俺は今、悪魔を20軍団率いる、悪魔王子オロバスこと、エドと大事な相談。違うな。彼から一方的な依頼、いやいや要求をされてる処なの。慎重な対応が求められる案件なの。少しの間、辛抱してね。
「何しているの?」
何してる、と言われても。このシチュエーションが眼に入らないの?
そうでしたね。貴女にはこの光景が見えないんだ。見えないから、そういう事が言えるんだ。もしエドの姿を見たら、座りションベンして、口から泡拭いて、白目を剥き出して、それから・・・ 兎も角、今の俺は二人を相手にできる状況じゃない、分かる?
「おい、何を思っている。思考が乱れているぞ。貴様、眼が濁っているじゃないか。邪な事を考えているな。良いぞ、良いぞ。吾輩の許にくれば、軍団の一つも任せられるな。悪魔の顔に似てきたぞ。これは吾輩の依頼を了解した、と解釈して良いのだな」
エドの言葉で我に返った。待ってください。私は人間ですよ。そんな事無理です。
「返答は如何に」
「待ってください。急にそんな事言われましても。相談しなければいけない人もありまして。今直ぐには応えられかねます」
「良いさ、良いさ。暫く現世にいるから。色好い返事を期待する」
そう言い残して、エドは俺の思念から消えた。消えたと同時に俺の気持ちは深く、深く深淵に沈み込んでいくようだ。
「もう、私待てない」
つやちゃんが怒ってリビングから部屋に行ってしまった。折角彼女と良い事ができると思ったのに。エドさえ出て来なければ、今頃は・・・
気持ちの整理がつかないまま、彼女は怒って姿を消した。もう一局あるかな? 否、頭を下げて許しを請えば、ワンチャンあるかな? 俺の思考は左右に振れに振れ、まとまりがつかない。だけど、彼女と・・・
だけど、エドが言っていた「暫く現世にいる」ってのはどういう事? 悪魔は召喚の代償を手に入れないと、そのまま居座れる訳? そういうシステムなのか詳しくないから、帰ってセレに聞くか? でも、それを口にすると彼女の嫌な思い出が蘇りはしないか? 俺も彼女が憑依されるのを望んではいないし。




