15 あっち左折
「私達は荼枳尼天を本尊とし、理趣経を所依の経典としています東密の流派です」
「だから、教団名は?」
「言わなきゃ駄目ですか?」
「大体見当はついているから、良いけど。唯ね、自分達の教団名を名乗れない時点で、世間からは? と思われる訳ね。分かるでしょう」
「はい。東密国立宗です」
荼枳尼天が本尊で、理趣経を所依の経典とする処から、旧来の仏教系と違うし。それと有名な話しがあって、最澄(伝教大師)が空海(弘法大師)に理趣経の借経を依頼した処、学問だけで修業が伴わないから貸せないと断られた逸話があるんです。
それだけ、修法してから読まないと解釈を間違えると諭した訳。これがきっかけになったのか、否か分かりませんが、二人の関係は終わりましたとさ。
「それで何を聞きたいの?」
「その前に、私達は少数派なんですか?」
「『少数派』って?」
「つまり、本尊と所依の経典です」
「そうだよ。本尊は大概大日如来、釈迦牟尼仏ですよ。それ以外だと阿弥陀如来が多いね。それと理趣経だけど、金剛頂経の一部だから、金剛頂経を経典にしている処が主流かな? 少なくとも国立宗は非主流だね」
「それでも良いんです。教祖様が説かれた真実が私達に希望を与えてくれました」
「新々宗教では大概、そうだよ。『教祖が真理を教えてくれた』ってね」
「私達を“至福のアカデミー”なんかと一緒にしないでください」
「それも新々宗教あるあるだね」
「つやさん。なんて人を連れて来たの? まるで悪鬼羅刹のようだわ」
一人の女性がつやを非難した。
「『あっち左折』?」
「悪鬼羅刹です!! 貴方の事よ」
「大井さん。ここは私に任せてください。私が呼んできた人ですから」
「まあ、良いですけどね。ですが、あんな態度なら私達は頼みませんよ、ねえ皆さん?」
彼女のアジに残りの男達が賛同した。
「分かりました。ご迷惑はお掛けしませんので、少しお時間をください」
「どうぞ、ご随意に」捨て鉢な物言いで大井と呼ばれた女が返した。
「田中さん、こちらに来て頂けますか?」
つやがリビングから隣の部屋に俺を緊急避難させる。
その部屋で俺はつやから国立宗の教祖の事、教団の歴史と活動などを説明された。そこまでは良いとして、問題はそれからですね。東密系であったものを最近では、神道色を強めて天照大御神のご神託だとか、神仏両界曼荼羅を説き出し始めたんだと。
それを聞いて、神仏習合じゃなくて、ごった煮の新解釈だと思った。そして直ぐに“鰯の頭も信心から”という言葉が浮かんだ。確かにそれじゃ、信者の一部は騒ぐよ。依経なんか必要ないでしょって。
そこまで思い至った後、俺は大井なる女性の言葉に納得したんだ。真剣に信心していた前提を引っ繰り返された信者の気持ち、それを俺はあしざまに貶したんだと。
それで俺はつやに伝えたんだ。俺が皆を見下していた事を詫び、相談に乗ると。
それを聞いたつやはリビングに行って4人に俺が反省しており、真剣に相談に乗ってくれる事を約束した、と伝えてくれた。
俺は気まずさから、直ぐにはリビングには行かなかったではなくて、俺が皆の意見を主導するには、俺の優位性を何等かの形で示さないと達成できないと考えたからだ。少し焦らし、期待感を持たせる。こうしないと、一度反発した者は容易に俺の優位性を認めないからね。
それには人を待たせる時間の長さが問題なんです。カップ麵の待ち時間は3分ですよね。あれは人が何もしなくとも、苦痛に感じないで待てる時間の長さと言われていますね。ですからそれよりも若干短めで俺はリビングに戻った訳。そして冒頭で俺の態度を詫び、間髪置かずに現状認識と問題点を提示して、幾つかの解決パターンを示した。それを土台にシミュレーションした結果を皆が受け入れるか、意見を聴取したんだ。
結果は5者5様ではなくて、三つに分けられた。順に挙げると、教祖と決別して新教団設立。次に教祖を教団から排除して新たな教祖の許、仏教系の本旨に戻る。教祖を説得して本旨に戻る。
だけど、誰も脱退して市井の人間に戻るとは言わなかったな。それだけ、教団経営は魅力的なのか?




