13 七里法華
「それでね、この田中君が言う訳『川村さん、利回りは?』って。それで俺も言ったの『1割』って。そうしたら、『10%以上固い』って。それで教えてもらった訳」
「それで」
川村に付いた奈々が肢体をピタッとくっ付けながら聞くので、彼も得意気に話すんだよね。
「そうしたらさ、日銀が利上げしない訳よ。それで、為替で大儲け。だから今日は散財するから」
「わあ、嬉しい。私、何頼もうかな?」
「奈々ちゃん、端ないわよ」
「だってえ」
「川ちゃん、本当に良いの?」
「良いって、良いって。シャンパンでもフルーツでもいいからさ」
「お願いしまあす」
奈々がスタッフに、シャンパンとフルーツを頼む。それをつやが心配気に見詰める。その二人を見比べながら、川村が満足気にビールを飲み干す。俺はと言うと・・・ 何もしません。今日も奢りだから。
「田中ちゃんは、お仕事何をなさっているのかしら?」
「俺は行政事務所に勤めてます」
今日はつやが俺に付いたので、川村は奈々と飲んでいる。
「何それ?」
「代書屋だよ」
「ああ、免許センターの近くにあるやつ?」
「そうそう」
「お堅いお仕事しているのね」
そう言いながら、テーブルの下では俺の鼠径部に彼女の手が添えられているんで、文字通り固い訳。
「私にも教えて」
「何を?」
「何をって・・・」
俺とつやが良い感じで話していると、川村が割り込んでくるんだよね。本当中年はイヤらしい。
「つやちゃん知ってる? 田中君の実家、お寺さんなんだよ。ねえ、田中君」
「ええ。はい」
何で脈歴もなく俺の実家の話しを振るの? 一瞬彼の意図を考えたが、分かる訳ないよね。俺は仕方なく相槌を打ちました。
「宗派は?」
つやがいきなり寺の宗派を尋ねるので、俺は一瞬身構えてしまった。だって、そうでしょ。普通、宗派なんか聞かないよ、一般ピープルは。
「何か、詳しいんだ」
「そんな事ないって。一週間前に、知り合いの通夜に行ってきたの。そうしたら、チンプンカンプンなお経を聞いたのね。私の処『南無妙法蓮華経』だったから」
「そういう事か。いきなり宗門を聞くからびっくりしたよ」
「ごめんなさい」
そう言って小首を傾げる仕草が、堪らなく男心をそそるんだよね。パンパンです。
「貴女の処は日蓮宗でしょう」
「ええ。良く知っているわね」
「簡単さ。千葉で『南無妙法蓮華経』って言ったら、“七里法華”しかないからね」
「何それ?」
「昔ね、上総の何とかって武将さんが船に乗っていて、海難に逢いそうになった時、同船していた偉い坊さんがお経を唱えて嵐を鎮めたそうなんだよ。それで、その武将さんが『城持ちになったら、自分の領地一帯を高僧の宗門に宗旨替えさせる』って誓ったそうなんだよ。それで千葉は日蓮宗が多いの」
「そうなんだ」
「貴女が参列した通夜で唱えられていたお経は、多分真言って言って、密教系の葬儀で唱えられるもんだよ」
「詳しいんだ」
「そりゃ“門前の小僧云々”だからね。でも日本語で分かり易い事も言っていたろ?」
「ええ」
「お経以外に“和讃”と言うものもあって、宗旨を分かりやすい言葉で唱えるものもあるんだ」
「田中ちゃん、お坊さんになれるわよ」
「無理、無理。すっかり忘れてしまったから」
「そんな事ないわ。頭良いから、直ぐ思い出すわよ」
お経で盛り上がっていた頃に、川村がトイレに立ち上がった。それと同時に奈々がトイレに付き従う為離席。
二人がボックス席から完全に離れると、つやが俺の手に小さな紙片を握らせた。そして耳元で、
「私の携帯、後で掛けてね」
舌が耳にくっ付きそうな位の距離で囁くものだから、背中がゾクゾクしてしまった。男も耳が性感帯なんですよね。否、俺だけか? そんな事ないよね。




