12 円安は歓迎
週明けの月曜日、俺が出所して書類の作成に奮闘していると、川村からの電話で昼食に呼ばれた。所長の了解を得て、彼の自宅に所用車で向かう。
既に川村は寿司を取り寄せて待っていた。あいさつもそこそこに和室へ通され、奥さんがお茶を淹れてくれる。
「田中さん、何時も主人がお世話になっております」
「いえいえ、私の方こそ良い仕事を頂きまして」
「お茶を淹れたら、もう良いよ。仕事の話しがあるから」
「はい、はい」
奥さんが部屋から出て行ったのを確認して、川村が小指を立てながら「これがね」と言い出す。俺は心配して、
「奥さんは大丈夫なんですか?」
「大丈夫、飲み屋に行く事は知っているから」
「そんな事じゃなくて・・・」
「彼女の事は大丈夫だよ。私はこれまで一度たりとも浮気がばれた事はないから」
変な自信を持って言う事じゃないでしょ、と思いながらも相槌を打つ。
「そうですか」
「そうですよ。女なんて者はね、金を握らせておけばそれで良いの。そういう生き物だから。田中君の処はどうだい?」
「私の処ですか?」
「そうだよ」
俺はセリーヌとの出会い、同棲、結婚と二人の過去を追想した(この辺りの事情は“セリーヌが俺を待っていた”を参照してください)。
「駄目ですね。途中、負い目があって・・・」
「何があったの?」
「まあ、大した事じゃないんで」
「言いたくないなら聞かないけど、女は甘やかしたら駄目だからね」
彼の見解については全面的に賛同し難いのだが、妙に腑に落ちる箇所もあり、モヤモヤした心持ちで寿司をご馳走になる。
「話し替わるけども、君の言っていた投信だっけ、ETFだっけ」
「ETFですね」
「買ったのよ。株価は大した事ないんだけど、為替が凄いね」
「ああ。日銀が長期金利据え置いた件ですね」
「そう、それね。それで君にお礼と言ってはなんだけども、今日も行くよ」
「何処へ、ですか?」
「アンシャンテ」
“あんたも好きね”と言いたいところだけども、それをグッと堪えて「お供致します」と自然に返した。
「仕事終わったら来なさい」
18時に仕事を終え、俺はタクシーを拾って川村の自宅に着き、彼の運転するジープでアンシャンテに向かい、19時過ぎに店内に入った。
「つやちゃん来たよ」
「いらっしゃいませ」スタッフの声が迎えた。
「いらっしゃいませ」
今日も、つやが豊満な胸を強調するかのようなドレスで、俺達を迎えてくれた。
「今日も素敵だね」
川村がニコニコしながら彼女にお世辞を言う。
「ありがとうございます」
彼女は微笑みながら、入って右奥のボックス席に案内してくれた。席に着くや、若い女性が満面の笑みであいさつしながら川村の傍に座った。
「奈々です。よろしくお願いします」
名刺を出し、川村に手渡す。
「新人さん?」
「宜しくお願いします」
「奈々ちゃんです。川ちゃん御贔屓の程、よろしくお願いね」
つやが川村に新人の子を紹介し、俺の傍に座った。良く見ると川村の身体に己の肢体をピタリと付け、身動きできないようにしているかのようだ。
「中々積極的だね」
彼女から手渡されたおしぼりで首と手を拭きながら、川村が嬉しそうに話しかける。
「今日はね、ここにいる田中君に、ご馳走しようと思って
連れて来たのよ」
「何かあったの?」
甘ったるいトーンで尋ねる奈々に、川村が「実はね」と言いながら彼女の手を握る。「いやだあ」といいながら、満更でもない風を装っているかの奈々。
流石水商売の女性は、と俺は感心した。これじゃ大概の男性は手玉に取られるね。




