第6話 推しとの遭遇<アズライアン・ソーサレス編>
それでも、店の準備の為に、町に行かなくてはならない。蒼生は店で出す材料の準備の為、〈豊穣〉の力を使って食料を育てているので、店を離れることが出来ない為、買い出しは千尋の役目だ。
そして今日、ついに六回目の人質に――今度は千尋の推し、アズライアン・ソーサレスに捕まってしまった。
裏社会の組織のボスであり、❝2❞の攻略対象者だ。銀行の冷たい大理石の床に膝をつかされた瞬間、千尋の心臓が跳ね上がった。
目の前に立っているのは、紛れもなく彼だった。長い銀髪の前髪を一部だけ後頭部でまとめ、残りは肩口まで滑らかに流れ落ちている。
銀糸のようなその髪は、わずかな灯りさえも美しく反射し、まるで月光を纏った刃のようだ。
背は高く、広い肩幅に、黒いコートの下に覗く体躯は鍛え抜かれた筋肉質。
色っぽく、美しいという言葉がそのまま体現されたような容姿なのに、その佇まいは圧倒的な威圧感を放っている。
切れ長の三白眼は、深紅に燃えるように輝き、睨まれただけで息が詰まるほど恐ろしい。その見た目からついたあだ名は<不死王>。
――それなのに、千尋の胸は熱く高鳴っていた。
『……うわあ、綺麗……!ゲームの立ち絵より、ずっとずっと……!リアルなアズライアンって、こんなにセクシーなんだ……。完璧すぎてヤバい……!でも、今はそんなことより、ちゃんと逃げて、蒼生のところに帰らないと!』
アズライアンは、銃を構えたまま低く唸るように言った。
「金を出せ。さもなくば、この女の命はないぞ。」
でも、千尋は気づいていた。彼の指が、わずかに震えている。まだ組織を継いだばかりで、手際が悪い時期――ファンディスクでも語られていなかった「ヘタレ可愛い」瞬間を、千尋は知らなかったけれど、直感で感じ取っていた。
『……もともと不憫可愛いタイプだって、ゲームで知ってたけど……リアルだと、こんなに愛おしい……。スマートにこなせないところが、逆に……!』
などと考えていたのだった。
だが、すぐに警備兵が大勢駆け付けて来てしまう。
アズライアンが苛立ったように舌打ちした。
「ちっ、仕方ねえ。ずらかるぞ。」
「あ、はい。わかりました。」
「……は?」
千尋の妙に落ち着いた様子に、拍子抜けしたようなアズライアン。
アズライアンの邪魔にならないよう、スッと道をあけ、アズライアンが威嚇しながら外に逃げやすくしてやる。
だが、人質がいるにも関わらず──それがプロの人質、または人質ビジネス女と言われる千尋だからか──警備兵はバンバン発砲してきた。
銃を撃ち返すアズライアン。銃声が響き、アズライアンが肩と背中を撃たれてよろけた。血が滲む。よろめきながら、それでも千尋ととともに外に逃げおおせることが出来た。
千尋は咄嗟に彼の腕を掴み、買い物で慣れた裏道へ、引きずるように逃げ出した。
人気のないところで、浅い息を繰り返すアズライアンを支えながら歩く千尋。
路地裏の物陰まで来ると、千尋はアズライアンのコートに手をかけた。
「服、脱いでください。」
「はあ!?」
自分の錬金術で即席の治療薬をクリエイトし、それを見せると、アズライアンは納得したように服を脱ぎ始めた。
路地裏の薄暗い影の中で、彼は黒いコートを肩から滑らせ、着ていた三つ揃いのスーツと、シャツのボタンを乱暴に外していった。
一枚、また一枚。
露わになるのは、鍛え抜かれた上半身だった。銀髪が肩に落ちるたび揺れる。
薄暗い中でも差し込む光が、その筋肉の起伏を浮かび上がらせる。
広い肩、鎖骨の鋭いライン、胸板から腹筋へと続く完璧な凹凸――どれもが、まるで彫刻家が命を吹き込んだ芸術品のようだった。
肌は白く、傷跡がいくつか薄く残っているのに、それさえも彼の美しさを増幅させている。
不死王の異名に相応しい、力強さと冷たい美しさが同居した体躯。赤い三白眼が、わずかに伏せられ、長い睫毛が影を落とすだけで、息を飲むほどの色気が溢れていた。千尋は思わず生唾を飲み込んだ。
千尋の指が、治療薬の小瓶を握ったまま固まった。心臓が、ばくばくと暴れ出す。
頰が一瞬で熱くなり、耳の先まで真っ赤になるのが自分でもわかった。
蒼生に見られたらなんと思われるだろう、と、思わず蒼生の顔を思い浮かべる。ここに蒼生がいてくれたら心強かったのに、と思いながら。
『アズアズが……推しが、目の前で上半身裸……!ゲームの立ち絵より、ずっと……筋肉のラインが、こんなに綺麗で……銀髪が肌に張り付いて……ダメ、瞬き出来ない、目、逸らせない……!』
アズライアンは、痛む肩を軽く回しながら、低い声で言った。
「……早く塗れ。時間がねえ。追っ手がそこまで来てる筈だ。」
その声の響きまで、千尋の胸をざわつかせる。
彼女は慌てて視線を逸らそうとしたが、見ないと薬がぬれない。完全に失敗した。指先が震えながら、彼の傷口に薬を塗り込む。熱い肌の感触が、指を通じて伝わってくる。
これだけ筋肉質でも、やわらかい部分もあるのだと感じる。固い筋肉の下で、わずかに脈打つ鼓動まで感じ取れてしまい、千尋はますます顔を赤らめた。
「す、すみません……少し冷たいかもしれませんけど……。」
ごまかすようにそう告げるも、声が上ずっている。自分でもわかる。
普段の「人質n回目です」みたいな余裕は完全に吹き飛んで、ただのファンに戻っていた。アズライアンは、そんな千尋にされるがまま、薬を塗られている。
『これは治療……治療だから……!蒼生に見られたら、推しの裸にに動揺していることを、絶対からかわれる!』
千尋は必死に内心言い訳しながら、薬を塗る手に集中しようとする。でも、視界の端でアズライアンの肩が呼吸で動くたび、触れた指先にピクリと反応するたび、頭の中が真っ白になる。
『推しの上半身……推しの上半身……推しの裸の上半身……!こんなことで動揺してる場合じゃない!蒼生が待ってるんだから。早く帰って報告して、びっくりしたって言ってホッとしたい!』
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