第56話 異世界のもふもふカフェレストランで、君は私を独占する
あたりが静かになった頃、吸血鬼のような姿になりかけていた蒼生は、すっかり人間の姿に戻って、千尋に抱きしめられたまま、茫然と彼女を見つめていた。
「……よかった、蒼生……蒼生が死ななくて……。」
千尋が、涙でぐしゃぐしゃの顔で微笑んだ。
蒼生の声が、震えながら漏れた。
「千尋は本当に……こんな私でいいの……?推しより、彼氏より?」
千尋は、蒼生の体をさらに強く抱きしめながら、明るく、はっきりと言った。
「私は、蒼生がいいの。推しより男より、親友でしょ? 蒼生が言ったんじゃない。」
その言葉を聞いた瞬間、蒼生が初めて、心から子どものような無邪気な笑顔を見せた。だが、すぐにその笑顔が崩れた。蒼生の体が、小さく震え始めた。
「……本当に、いいの?私、さっき……本物の化け物になろうとした。千尋を守るためなら、自分を壊してでもいいって思った。牙が生えて、翼が伸びて……あのまま続けていたら、二度と人間に戻れなかった。それでも……。」
「それでも、私は蒼生がいい。」
千尋は蒼生の背中に顔を埋めたまま、はっきりと繰り返した。
「化け物になろうとした蒼生も、私を守ろうとしてくれていた蒼生も、私の為に親を捨てた蒼生も……全部、私の蒼生だよ。嫌いになんて、なれるわけない。」
「気付いて……たの……?」
蒼生の目から、また涙があふれた。今度は声を殺して、肩を震わせながら泣いた。
「……千尋がいなかったら、私は本当に……ただの化け物だった。千尋が抱きしめてくれなかったら、あのまま魂が抜けて死んでいた。千尋が『好き』って言ってくれなかったら……私、もう戻れなかった。」
千尋は蒼生の頭を優しく撫でた。
「だから、今度は私が守る番だよ。蒼生が化け物になりそうになったら、私が抱きしめて、人間に戻してあげる。ずっと、そうするから。」
遠くで、健吾とアズライアンが、動かないままその光景を見つめていた。
アズライアンが低く呟く。
「……ああいう関係、俺には踏み込めねえな。」
健吾も静かに頷いた。
「ええ。誰にも、引き離すことの出来ない、そんな関係なんだと思います。」
幸せそうな二人の姿を、アズライアンと健吾だけが、ただそっと見つめていた。
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千尋が町に出かけている最中、もふもふカフェレストランに一人でやって来た健吾。
蒼生が静かに紅茶を出し、向かい側に座った。
「……助けられなくて、ごめん。」
健吾が頭を下げると、蒼生は小さく首を振った。
「未来のあなたなら助けられたと思うけど、今のあなたじゃ、そんな力はないから仕方がないわ。」
健吾は紅茶のカップを見つめたまま、ぽつりと聞いた。
「僕が君を助けられたら……僕にも可能性があった?」
「……え?」
「今の僕は、君の推し……つまり、君の理想の姿なんだろう?僕には少しも可能性がなかった?高倉さんじゃなく、僕を選ぶ可能性は、少しもなかったのかな。」
蒼生はしばらく黙っていた。そして、静かに微笑んだ。
「そうね……あったわ。」
健吾が目を見開く。
「あなたは私を理解しようとしてくれた。そして実際、理解してくれた。千尋以外で初めてよ、そんな人に出会ったのは。前世でも、今も。私の独占欲も、千尋への執着も、全部わかったうえで、好きでいてくれた。」
「じゃあ……。」
「それでも私は、千尋がいいの。この先一緒に生きていく人を一人しか選べないんだとしたら、私は千尋がいいの。千尋がいない世界で、どれだけあなたが優しくしてくれても……私は生きていけない。」
健吾は静かに息を吐いた。
「そうか。やっぱり勝てないかあ……高倉さんには。」
「でも……あなたの幸せを願うくらいには、あなたに感謝してるし、あなたの気持ちが嬉しくもあるのよ?こんなこと、千尋以外に感じたこと、ないんだから。これってすごいことなのよ?」
「ありがとう、っていうべき?」
健吾がいたずらっぽく笑う。
「ええ、当然。でも、千尋には内緒よ?嫉妬させちゃうから。」
そう言って、ふっと微笑みあう蒼生と健吾。
そこに飛び込んでくる千尋。
「蒼生~!また人質になった~!アズアズが『また人質商売女が!』って言ったあ~!」
半泣きの千尋が、蒼生に慰めを求めて抱きつく。
「──千尋?」
スッと冷たい目で冷静に千尋を見る蒼生。
「あ、ごめん。アズアズはどうしても推しだから、大事だけど……私の一番は蒼生だからね?」
上目遣いで蒼生を見る千尋。
「ええ、わかってるわ。ずっと独占させてね、千尋。」
蒼生は千尋の額に軽くキスをして、健吾は眉を下げながら、二人を見ないように、やれやれ、と背中を向けた。
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