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異世界のもふもふカフェレストランで、君は私を独占する  作者: 陰陽@4作品商業化(コミカライズ・書籍・有料連載)


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第54話 化け物なんかにさせない

 千尋は両肘を地面に突き、膝をずらし、文字通り這うようにして蒼生へと近付いていく。1センチ、また1センチと、重力に抗うように体を前へ前へと押し出す。


 埃と血と汗が混じった顔を上げ、ただひたすら蒼生の姿だけを見つめて這い続ける。健吾は、その光景を視線だけで追っていた。動けないで、瞳だけが大きく見開かれ、驚愕と畏怖が入り混じった表情を浮かべる。


「……高倉さん……。」

 蒼生を助けたい気持ちは、健吾も同じだった。6年後のアクセルであれば、魔塔の人間すべてを束にしてもかなわない魔塔のトップ、という存在の為、余裕でこの場を切り抜けられただろう。


 だが、今のアクセルはまだ強くなる前であり、千尋と健吾の違いは、殆どない状態だ。

 違いがあるとするならば──執着と執念。


 蒼生に対する執着と執念の違いだけが、千尋だけが前に進め、健吾を地面に縫い付けている違いだった。


 健吾はただ、驚愕した眼差しで千尋を見ていた。アズライアンも同じだった。普段は軽口を叩く不死王が、今はただ息を詰めて千尋を見つめていた。その目には、初めて見せるような深い動揺が宿っていた。


 明るくて、ちょっと抜けていて、強い意志などみじんも感じさせなかった少女が、今、大の男も潰される重力の中、親友の元へとたどり着こうともがいている。


「来ないで……千尋……!」

 蒼生の声が、掠れ、震える。千尋から、化け物に変化していくおのれの姿を隠すように、無理やり体をよじって、千尋に背を向けた。


 這い寄ってくる千尋に向かって、必死に叫ぶ。

「私はもう……本物の化け物になる……!だから……!」


 そうする間にも、蒼生の体はどんどんと吸血鬼のように変化していく。白い歯の間から、鋭く尖った牙が伸びてくる。カチリ、という乾いた音が響いた。瞳の色が急速に紅く染まり、妖しい光を宿していく。


 見た目だけでなく、視界が鮮明になり、崖の上にいる魔塔の賢者たちの魔力の流れまでが見えるようになる。背中が熱く疼く。服が裂け、黒い蝙蝠のような翼が、骨と膜を伴ってゆっくりと伸びていく。


「っ……!」

 重力にあらがってのびる翼に、蒼生は苦痛に顔を歪めた。体の中を今までとは異なる魔力が暴れ回り、骨が軋み、筋肉が引き裂かれるような感覚。それでも歯を食いしばって、浅く息を繰り返しながら、変化を受け入れるしかない。もう、呪いはものすごい速度ですすんでいるのだ。


 千尋は、そんな蒼生の姿を目の前にしながら、なおも這い続ける。一歩、また一歩。

 重力に抗い、酸素の瓶を口に押し当て、荒く息を繰り返しながら、蒼生へと近付いていく。周囲の空気が張りつめる。


 ルーク王子一行は、遠くから蒼生の姿を凝視していた。黒い翼がゆっくりと広がり、赤い瞳が妖しく光り、鋭い牙が光を反射する。かつての聖女アリシアの可憐な姿は、もはやそこになかった。


 吸血鬼のような異形の姿に変わりつつある彼女を見て、ルーク王子の顔が恐怖と怒りで歪んだ。

「やはり……あの体には、アマルソフィアという化け物が入っているのだ!」


 ルーク王子が叫ぶと、ルキウス、ホーク、アインも次々と同調の声を上げた。彼らの目は、信じられないものを見たかのように大きく見開かれ、唇が震えていた。


「化け物め!お前のような奴を、誰も愛するものか!」

 ルーク王子の声が、蒼生の耳にひときわ大きく響いた。ルーク王子は拳を握りしめ、なおも叫び続ける。


「聖女アリシアの体を汚すな!お前など、最初からこの世界にいてはならなかったんだ!」


 その言葉を聞いた瞬間、蒼生の瞳がわずかに揺れた。蒼生は重力に体を押しつけられたまま、掠れた声で呟いた。


「そうよ……私は化け物。こんな私は、最初から誰かに愛されることなんてない……。」

 最初からそう思っていた。期待など、最初から捨てていた。孤独を当たり前だと思い、愛されることなど、夢にも思わずに生きてきたはずだった。


なのに——千尋と出会ってしまった。千尋の笑顔に触れて、千尋の温もりに包まれて、わずかに期待を抱いてしまった。

 愛されたいと願う気持ちは、甘く、脆く、危険なものであったのに。


「私を見ないで……!来ないで、千尋……!千尋に……嫌われたくない……!」

 その時、地面に這いつくばった千尋の声が、他の周囲の雑音をすべて消し去る強さで、蒼生の耳に飛び込んでくる。


「駄目だよ、蒼生……!蒼生を……ほんとの化け物になんて……させない……!」


 千尋は、酸素の瓶を口に押し当てながら、ゆっくりと、重力に抗うように近付いていた。一瞬一瞬が永遠のように長く感じられる。そんな時間をかけて。蒼生の瞳が、驚きに揺れた。


「なんで……千尋……。」

 蒼生の声が震える。千尋は、なおも這い寄ってくる。ただひたすら蒼生を見つめながら、必死に前へ前へと進む。


『違う……そうじゃない……私は……私は……。』

 千尋の脳裏に、過去の蒼生とのやり取りがフラッシュバックする。

 自分を化け物だと卑下する蒼生。そのたびに、否定したり、それでも蒼生を受け入れると伝えてきた自分。


 だけど蒼生は、どこか本気で信じていないようだった。最後の最後に自分は捨てられる。

 そんな風に思っている気がして。いつも、違うのに。そうじゃないのに。と、モヤッとしてきた。


『化け物にさせたくないんじゃない……化け物の蒼生が……私の為に化け物になってしまう蒼生が、私に嫌われることを何より恐れる蒼生が、そのままの蒼生が、好きなんだ。私だけに優しい、私だけに愛されたい、蒼生、あなたが、たまらなく好き。嫌いになんて……なれるわけないんだよ……!』


「私……は……それでも……蒼生が好きなの……。化け物だとしても……私の為に化け物になっちゃう蒼生が……好き……!」


 千尋の声は、掠れながらも、確かに蒼生の胸に届いた。

 千尋は、ついに蒼生のすぐそばまで辿り着いた。誰もがその光景を、茫然として眺めていた。


 這った手で蒼生の体を掴み、ゆっくりと立ち上がる。

 重力の圧力がまだ残る中、千尋は蒼生の背後に回り込み、両腕を大きく広げて、彼女の体を後ろから強く抱きしめた。


「蒼生……!私の……蒼生……。」

 その瞬間、蒼生の体が大きく震えた。声なき声を上げて、蒼生が号泣した。

 両手で顔を覆い、蒼生は泣きじゃくった。普段のクールな蒼生からは考えられないほどに、ぐしゃぐしゃに顔をゆがめて。



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