第53話 化け物化する蒼生
『化け物になるのを恐れていた私が……千尋を守る為に、本当の化け物になる……でも、私にはもう、これしか出来ない。愛されなかった悲しみと絶望と共に、化け物に姿を変えた聖女アリシア。私にはお似合いの方法かもね。』
蒼生の体から、黒いオーラが溢れ始めた。自ら呪いをかけ、イメージするままの姿へと変えようとしていた。牙がはえ、目が赤く染まり、背中に黒い翼が伸びかける。吸血鬼のような、完全な化け物の姿へと。
「なんだあれは!?」
「ひいい!!魔族!魔族だ!」
「やはりアマルソフィアが聖女アリシアを乗っ取っていたことが証明されたぞ!」
魔塔の賢者たちや、ルーク王子たちが叫んでいる。
『なんとでも言いなさいよ……千尋を守る為なら……私は、化け物でいい……!』
その時──「蒼生っ……!」遠くから、千尋の声が響いた。
「御堂さん!」
アクセル──健吾の声もする。
アクセルと、アズライアンが千尋を連れて駆けつけた瞬間、重力魔法の影響で3人は蒼生に近付こうとして、空気の壁に押し戻されるのを感じた。
「ぐっ……!御堂さん……!」
アクセルが歯を食いしばる。
魔塔の賢者たちが蒼生を囲んで詠唱を続け、地面に刻まれた魔法陣が青白く脈打っている。健吾と千尋は、蒼生に近付こうと一歩踏み出した瞬間、全身を鋼鉄の塊で押し潰されたような衝撃に襲われた。
「ぐっ……!」
二人の体が同時に地面に叩きつけられる。
膝が砕けるような、背骨を折らんばかりの重圧が、体にのしかかってきて、肺が潰され、息が喉に詰まる。立ち上がるどころか、指一本動かすことすらできない。
「……重力魔法か。」
重力魔法の陣が大地を歪め、空気がねじ曲がるように沈んでいた。アズライアンは赤い瞳を細め、状況を素早く把握した。
重力魔法の中心にいる蒼生と違い、周囲にいる人間に対して、重力はただ下へ下へと容赦なく叩きつけ続け、大地が彼らの体を飲み込もうとするかのようだった。
「……くそっ……この重さは……!」
健吾は歯を食いしばり、悔しさと焦燥で顔を歪めたまま、視線だけを必死に蒼生へと向ける。一歩も前に進めないまま、そう呟く。叫びたいが、呟くのが精いっぱいなのだ。
もう前に進むことはできない。呼吸すらままならない。ただ、這いつくばった姿勢のまま、蒼生の苦しむ姿を凝視するしかなかった。
そのとき──「ルルゥ!ルルゥ!」小さな狐のような守護精霊・ルルゥが、千尋の肩に飛びついた。白銀の毛並みが光り、鈴のような鳴き声が夜の闇を切り裂く。
ルルゥは千尋の体にぴったりと密着し、その小さな体から温かな光が流れ込んだ。同時に、千尋の脳内に、別の記憶が雪崩れ込んできた。パルゥの記憶だった。
賢者の精霊が、千尋を守護する錬金術師の精霊に対したくした、切迫した意志の残滓。
──蒼生に呪いをかけ、重力魔法で動きを封じ、魂を聖女アリシアの体から引き剥がそうとしている。
この呪いは、蒼生が<愛する者>に抱きしめられなければ決して解けない。魂が体から完全に離れれば、蒼生は死ぬ。
蒼生は聖女アリシアの力を使い、化け物に変化することで、この窮地を脱しようとしている。
それをルルゥから受け取った千尋の瞳が大きく見開かれた。
「……蒼生が……死ぬ……?」
なぜ、どこの誰が、そんな残酷な呪いを蒼生にかけたのか、千尋にはまだ完全に理解できなかった。
ただ、おそらく蒼生が今「聖女アリシア」の体を借りていることに、蒼生を襲っている人間たちが異常な執着を抱いていることだけは、はっきりと伝わってきた。
だが、たとえ死ななくても、聖女アリシアの化け物変化の呪いは、二度と人間に戻れない呪いだ。
それを原作を通じて知っているのは、蒼生の他には千尋ただ一人だ。
聖女アリシアの体から蒼生の魂が抜けるのも、蒼生が化け物に変化するのも、どちらも防がなくては、二度と元の蒼生に会うことはかなわない。
「蒼生っ……!」
千尋は蒼生に近付こうとして、重力に潰される。地面に這いつくばったまま、根性だけで右手を前にずらした。重力魔法の圧力が背中を押し潰す。肋骨がきしみ、肺が悲鳴を上げる。息ができない。視界が白く霞む。
それでも千尋は、錬金術で即席にクリエイトした小さなガラス瓶を手に握りしめ、口元に押し当てた。瓶の中では、淡い金色の光が蠢き、酸素を生成し続けている。
千尋はそれを口に含み、必死に肺に送り込んだ。
一瞬だけ、息苦しさが和らぐ。
『動け……!蒼生のもとへ、行かなきゃ……!!
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