第49話 悪役令嬢救出作戦
「そこまではわかりませんが、最近、ボスがまた人質にされた自分の女を見捨てて逃げて、酒場で泣いてたことがあったじゃないですか。」
「泣いてねえわ!」
部下にからかい気味にそう言われて、アズライアンが叫ぶ。ソファの背もたれを蹴るようにして身を乗り出し、銀髪を乱暴にかき上げた。赤い三白眼が、明らかに動揺を隠そうとしている。
「その時、ボスの女を救おうと、ボスの女の相方が、賢者にしか使えない魔法を使って、街中で暴れるということがあったらしくて。」
「へえ?あいつ、賢者だったのか。というか、賢者は普通、魔塔に所属しているもんだろ?なんであんなところでカフェレストランなんて開いてやがんだ……?」
アズライアンは報告書を睨みつけたまま、低い声で続ける。内心では、あの明るい笑いで自分にスープを出してきた女の顔が浮かんでいた。特別扱いしてくれたあのスープの味が、妙に舌に残っている。
「それはわかりませんが……どうやらその女、マルカール王国から逃げて来た聖女だって話です。あの店の料理を食べると、回復効果があるって有名だったじゃないですか。それが聖女の力によるものらしくて。」
「待て待て待て。あの女の相方は、賢者なんだろ?なんだ、聖女ってのは。どっから出た話だ。」
「聖女で、同時に賢者らしいんです。賢者なのは、この国で転職したから確実です。マルカール王国は、もともと自国の聖女であった彼女を、取り戻そうと必死らしいですよ。」
「はあん……それで人質でおびきだそうってのか。もしも聖女で、かつ賢者だってんなら、そりゃ最強過ぎる。回復魔法の使えない賢者が、回復能力のある聖女の力も使える。反対に、基本、攻撃方法のない聖女が、攻撃方法を手に入れたってこともでもあるからな。確かに、人質をとってでも、取り戻したい人材だろうな。」
「けど、人質がボスの女じゃ、うちは引き受けられませんよ。おびきだそうって相手も、ボスの女の親友ですからね。ボスが恨まれちまいます。」
「変なとこ気をまわすんじゃねえよ。だが……うちが引き受けなくとも、その内容じゃ、どこかが必ず引き受けるだろう。」
アズライアンは舌打ちをした。だが、その声にはいつもの鋭さが少し欠けている。部下たちはそれを見逃さなかった。
「ボス……どうしますか?この仕事、止めますか?」
アズライアンは報告書を机に叩きつけた。赤い瞳が、わずかに細められる。机の上に散らばった紙が、薄暗いランプの光を反射する。
「止められねえよ。今の俺らの力じゃ。……だったら、逆手に取る。」
部下が目を丸くする。
「え?」
「拉致はさせる。その代わり、連れてかれた先を俺たちが特定して、潜入して奪い返す。」
アズライアンは立ち上がり、窓の外の夜景を睨んだ。街灯の灯りが、遠くまで点々と続いている。
「うちは拉致はよそに任せて、ボスはボスの女を、堂々と隠れ家から連れ出して、さらい返そうって寸法ですね!これなら、うちは依頼を失敗したととがめられることもなければ、ボスもボスの女に恨まれることがない。妙案ですね!」
まるで、褒めて褒めて!とでも言いたげに、目を輝かせる部下。
「だから俺の女じゃねえって言ってんだろうが!……だがまあ、この内容なら、今なら引き受けるのはバンディーんところか。奴のところに、魔塔からの仕事を引き受けたうえで、失敗するって泥を塗れるいい機会だな。こいつを利用して、うちが奴の上に立つ、いいチャンスだ。」
6年後であれば、裏社会のすべてを牛耳っているアズライアンが、仕事をわざと失敗しようが、引き受けようが、それで責められるいわれはない。この国で荒事を依頼しようと思えば、それはアズライアンの組織しかないからだ。
だが、6年前の現在は、組織の主だった構成員の年齢も若く、組織も弱かった。よその組織の仕事を横取りしたり、妨害したりするのは簡単ではなかった。ましてや、相手がマルカール王国と繋がっている魔塔ともなれば、尚更だ。
「もー、ボスったら素直じゃないですねえ。あの子が心配だって正直に言いましょうよ。」
「関係ねえっつってんだろ!」
アズライアンは顔をそむけた。耳の先が、わずかに赤い。部下たちは互いに目配せをして、ニヤニヤと笑っている。
どうあっても、アズライアンと千尋をくっつけようとする部下たちと、それに抗うアズライアンは、最終的に、組織に利益があることもあり、千尋を救出することに決めたのだった。
千尋拉致の決行当日と、監禁場所を部下が割り出し、千尋がそこに連れ込まれたと聞いたアズライアンは立ち上がり、上着を羽織った。銀髪を乱暴にかき上げながら、独り言のように呟く。
「あいつをさらわせて、あいつの親友をおびき出して利用する……それを俺の庭でやろうってんだ。まったくいい度胸だな。この俺が、ぶっ潰してやるよ。」
アズライアンはギラリと目を光らせた。赤い瞳の奥に、怒りと、それ以上に複雑な感情が揺らめいている。
「……無事でいろよ。アマルソフィア。」
誰にも聞こえない声で、そう呟いてから、彼はアジトを出て行った。
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