第40話 ストーカーふたたび
彼女は、かつて蒼生を線路に突き落とした張本人だった。そして自分を振った健吾を刺した女。転生後、彼女はすぐに自分の立場を理解した。
この世界の第二部ヒロインとして生まれたこと。そして今が❝2❞の6年前の世界なこと。
彼女は、すぐにアクセルを追いかけるようになった。ストーカーなど、簡単だった。貴族の娘として生まれたアグノラは、金とコネを使い、アクセルの行動を監視し、その居場所も住処もつきとめた。
魔塔の賢者として働く彼の動向を追い、いつしか彼が国境近くの小さな町に通い詰めていることを知った。
「もふもふカフェレストラン……?」
最初はただの変な店だと思っていた。しかし、実際に足を運んでみた瞬間、アグノラの胸に冷たいものが走った。
カウンターの奥で、聖女アリシアと親しげに話しているアクセルを見たからだ。
「なんで……?」
アグノラは爪を噛んだ。前世で、彼女は蒼生を殺し、健吾を刺した。それでも、健吾──彼女にとってはアクセル──が自分を見てくれることはなかった。
アグノラは今日もマントを深く被り、静かに店内を観察していた。アクセルとアズライアンが入ってきた瞬間から、彼女の拳はマントの内側で何度も爪が食い込むほどに握りしめられていた。
『……また来てる、アクセル。』
アグノラの瞳が、カウンターで笑顔を向けるアクセルを捉えた。
『しかも、アズライアンまで一緒に……どういうこと?❝2❞のヒーローがこんなところで、6年前の段階で2人もそろってるなんて、そんな設定、ゲームじゃなかったのに。』
アグノラは、爪を強く噛みしめた。血の味が口の中に広がるのも構わず、彼女はアクセルと蒼生のやり取りをじっと見つめていた。
食事を終えたアクセルが千尋に丁寧に礼を言い、蒼生が穏やかに彼を見送る姿。その光景が、アグノラの胸をざわつかせた。
『なんで……なんで、❝1❞の聖女がここにいて、悪役令嬢アマルソフィアと一緒に、もふもふカフェレストランなんてやってるのよ!おまけになんであの女がアクセルと普通に話してるの。』
前世で彼女が殺した蒼生が、今この世界で聖女アリシアとして生き、アクセルと再会しているなどとは思っていなかったが、アクセルは蒼生に対して、まるで昔からの知り合いのように穏やかに接している。
アグノラはなんとかアクセルに近付き、接点を持とうとした。だが、魔塔は管理が厳しく、貴族とはいえ、仕事の依頼もないのに、魔塔に入ることは出来ない。今世の父親に頼んでもみたが、いくらお金を持っている父親であっても、魔塔に頼める用事は用意できなかった。
帰り路で待ち伏せて、偶然を装ってぶつかり、知り合おうともしてみた。でも、アクセルは彼女をほとんど見てくれなかった。それなのに今、アクセルは聖女アリシアと楽しそうに話している。
アグノラの視線が、千尋の方に移った。千尋は、蒼生の隣で自然に笑いながら、アズライアンに紅茶を注いでいた。
彼女は、毎日店に通うようになった。アクセルが来ない日でも、千尋と蒼生の様子を観察した。二人がカウンターの後ろで、時折小声で話しながら笑い合う姿。蒼生が千尋の頭を軽く撫でる仕草。千尋が蒼生の袖をぎゅっと掴む様子。アグノラは、それを見ているだけで胸がざわついた。
どこかで見たことがあるような、そんな既視感を覚えたからだった。それでも、あの二人が、千尋と蒼生が転生した姿であるとまでは気が付かなかった。
本来厨房で働くことを主としていた、前世の千尋と蒼生を見る機会が、そうなかったからである。
『あいつら、絶対転生者なんだわ。』
アグノラは、マントの奥で拳を強く握りしめた。店内の女性客たちは、アクセルとアズライアンを夢見るように見つめていた。男性客たちは、蒼生と千尋に近づく二人のイケメンを、苛立ちながら見つめていた。そして、アグノラだけが、別の感情で二人を見つめ続けていた。
嫉妬と、執着と、わずかな狂気。彼女は、小さく呟いた。
「……アクセル。やっとあなたの世界に来られたのに。おまけに私は、ヒロインに転生出来たのに。私とあなたが結ばれないなんて、ありえないんだから。」
声は誰にも聞こえなかった。
アグノラは指の傷を舌で舐めながら、ゆっくりと立ち上がった。マントを被ったまま、会計を済ませて店を出る。外の陽光が、彼女の黒いマントを照らした。彼女は一度だけ、振り返った。カウンターの奥で、蒼生が千尋の頭を軽く撫でている姿が、窓ガラス越しに見えた。
アグノラの瞳が、わずかに細められた。
「……許せない。アクセルは絶対、渡さないから。」
アグノラ・エンデルは、爪をもう一度、深く噛みしめた。血がにじむ指先を、マントの内側で握りしめながら。
「アクセルを追いかけなきゃ。」
彼女の瞳に、冷たい光が灯った。そしてすぐさま、アクセル・ラーゲンの後を追いかけて、足早に去って行った。
蒼生は、そんな外の視線など気にも留めず、ただ千尋の隣で、いつものように作業を続けていた。千尋が、小声で蒼生に囁いた。
「蒼生、なんか……最近変な視線、感じない?」
「感じる。」
「でも、気にしないの?」
蒼生は、千尋の頭を軽く撫でながら、淡々と答えた。
「気にしない。だって、千尋に危害を加えるつもりがないなら、私には関係がないから。」
千尋は、少し照れくさそうに微笑んだ。
「うん……蒼生がそう言うなら、安心だよ。」
そう言いつつも、何か嫌な予感がするなと、千尋は思っていた。
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