第30話 2人が死んだ理由
笑顔にするつもりだったが、健吾は声が少し掠れているのが自分でもわかった。
「たぶん、君が高倉さんだよね?」
トレイを持った少女の目が大きく見開かれる。厨房から出て来た少女は無言で、少し唇を噛んだ。トレイを持った少女は慌てて、厨房から出て来た少女の袖をそっと掴んだ。
「今は6年前なのに、アクセルが……未来で最強の賢者になる男が、どうして……。」
健吾が蒼生だと認識している女性の声が一瞬掠れた。同時に彼女の指が、健吾が千尋だと認識した女性の袖をぎゅっと掴む。爪が食い込むほどの力だった。
「君が……御堂さんだよね?どうして二人がこんなところにいるの?」
千尋と蒼生は顔を見合わせると、互いにこっくりうなずいた。
もふもふカフェレストランの閉店後、店内は静まり返っていた。
カウンターの照明だけを残し、テーブルを一つだけ明るくした周囲は薄暗く、静かな空気が流れている。
千尋と蒼生が並んで座り、その向かいにアクセル・ラーゲン――元高級レストラン「ガストロノミー・ルシェル」のフロアマネージャーかつ同僚であった名高健吾が、静かに腰を下ろしていた。
テーブルには三杯の紅茶が置かれ、湯気がゆっくりと立ち上っている。健吾が最初に、穏やかで丁寧な口調で口を開いた。
「……本当に、君たちなんだね」
彼の声には驚きがありながらも、感情を抑えた静けさがあった。
千尋が小さく頷く。
「はい。高倉千尋と御堂蒼生で間違いないです。ここは、二人でハマってた乙女ゲーム『悠久のロマンスを君と2で』の世界なんですよ。『2』の舞台の6年前で、『2』の舞台、ブリュンヒル王国側になります。」
蒼生は無言で、千尋の隣に座ったまま健吾を見つめていた。
彼女の左手は、千尋の右手の下に重ねられ、指が軽く絡み合い、千尋を守るように、心配そうに、軽く握られている。
健吾は紅茶のカップを手に取り、ゆっくりと口をつけた。一口飲んでから、静かにカップをテーブルに戻しながら、首を傾げた。
「ゲーム???」
どうやらこの説明では理解できなかったらしい。
「名高フロアマネージャー、異世界転生……ってものはご存じですか?漫画とかアニメとかでよくある……。」
「いや、ごめん、漫画もアニメも、あまり見ないから。」
「その世界ではよくあることなんですけど……。人が現世で死ぬと、ゲームなんかの異世界の別の人物に転生することがあるんです。今回はそのケースかと。」
「はあ……そうなんだ。ここがゲームの中ねえ……。」
「ゲームだと、見たり読んだりやったりしたことのあるものに転生することが多いので、私と蒼生はやっていたのでわかりますけど、なんで名高フロアマネージャーがこの世界に来たのかまでは……ちょっとわからないですけど。」
「僕も君たちが亡くなった後に、刺されて死んでね。」
「刺された!?通り魔ですか!?」
千尋が思わずガタッと席を立つ。
「いや……恨まれて……かな……。」
「恨まれて???名高フロアマネージャーくらい、いい人がですか?」
「いい人に見える人が、本当にいい人とは限らないのかも知れないわよ?千尋。」
「御堂さん、相変わらずひどいなあ……。ほら、僕にずっと、プライベートで会いたいって通い詰めてた常連さんいたじゃない?」
「ああ、いましたねー。さすが名高フロアマネージャーはモテるね、って話してました。」
乙女ゲームのヒーローに似ているだけあって、名高健吾はかなりのイケメンであったのだ。
「あの人が、ストーカーになってね……帰り道で待ち伏せされて、告白を断ったら、ぶっすり。」
「うわ、最悪。」
千尋が目を丸くしつつ、口元に広げた手を当てる。
「その人がさ……僕が死ぬ直前に言ってたんだ、アクセルがどうのこうの。アクセルは渡さないだとか、君のこと……御堂さんがいなくなれば、僕が振り向くと思ったのにって。」
それを聞いた蒼生が目を軽く見開く。
「え……?じゃあ、蒼生が駅のホームで突き飛ばされたのって……名高フロアマネージャーのストーカーが原因ってことですか?」
「たぶん、そうじゃないかと思う。それらしいことを言っていたし。」
「私あなたのせいで死んだの?巻き込まれたんじゃない。最悪なんだけど。おかげで千尋まで巻き込んじゃったのよ?」
千尋が死んだのは、蒼生を追いかけて線路に飛び込んだせいだが。
「それは……ごめん。でも、俺だって被害者だよ?」
「そうだよ。蒼生。名高フロアマネージャーは悪くないよ。」
冷たく健吾を見据える蒼生に、とりなすように千尋が言う。
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