第3話 転生前夜<御堂蒼生視点>
誰より深く、深く、つながっていたい。
だけど、その人に自由でいて欲しい。
逃がしたくないと思ってしまうから。
閉じ込めたくなってしまうから。
その人を好きでいるために、その人に自由でいて欲しい。
その人から、自由でいたい。
蒼生はずっと、誰かを好きになる前から、そんなジレンマを子どもの頃から抱えていた。
幼い頃の記憶は、母親の冷たい視線と、父親の不在。
「愛される」ことと「束縛される」ことの境界が、彼女の中でいつもぐちゃぐちゃに溶け合っていた。
誰かを本気で欲しがれば、きっと自分は怪物になる。
だからこそ、好きになったら、すぐに手放さなければならない。
そう思って、ずっと一人で耐えてきた。そんな蒼生が、千尋に出会ってしまった。
そして、千尋を好きになってしまった。
母親と義理の父親の葬式の日。
白い菊の匂いがむせ返るような斎場で、蒼生は黒い喪服の襟を指で無意識に摘まんでいた。
離婚した実の父親が、意外にも参列していた。
納入業者として知り合いだったため、離婚後も取引が続いていたらしい。
義務のように来たのだろう。顔を見ただけで、蒼生の胸に冷たい笑いが込み上げた。父親は、遠慮がちに近づいてきた。
「蒼生……久しぶりだな。母親から『会うな』と言われていたから、今まで声もかけられなかった。……これからは、もう少し連絡を取りたいと思っているんだが。」
蒼生は、鼻で小さく笑った。冷笑したと気付かれないように。
その笑みは、子どもの頃から磨き上げてきた、完璧な仮面だった。
「……ああ、気付いてなかったんだ?まあそうか。ママも気付いてなかったもんね。」
「あ、蒼生……?」
「ママにパパの浮気の証拠を集めて渡したのはね、わ・た・し。」
蒼生はニイッと、弧を描くように口元を歪めて笑ってみせた。
目だけが、氷のように冷たい。
「ど、どういうことだ!? お前はまだあの時小学生で……。」
「パパもママも、私に興味がなかった。パパはママにもかな。私の好きなものも知らない。私という人間に興味がない。外に勝手に子どもまで作ってさ。」
蒼生は横目で、葬儀に来てくれた人たちに挨拶している千尋の耳に入っていないかを、素早く確認した。
大丈夫。千尋は今、遠くで穏やかに微笑んでいる。
それだけで、蒼生の心臓が熱くなった。
「まさか、自分の弟の嫁をはらませるとはね……。いとこなのに、どうしていつも私が、なんでもあの子に譲ってあげなきゃいけないのか、少しもわからなかった。あの家には私のものなのて何ひとつなかった。何ひとつ。」
自分への誕生日プレゼントであっても、なぜかいとこが欲しがると、貸してやれと蒼生から奪う父親。実の兄弟でもないのに、お前の方がお姉ちゃんだろと、何度も言われた意味に気付いた時、蒼生の心は決まった。
「だけど千尋は違ったの。千尋だけは違ったの。私を理解してくれる。千尋だけが私に興味を持ってくれる。だから……ママの実家に戻りたかったの。千尋とずっと一緒にいる為に。あわよくば、家族になる為に。」
父親の顔が、血の気を失っていくのが面白かった。
蒼生はさらに、静かに畳みかけた。
「今は千尋と本当の姉妹にもなれた。私だけのものにならないなら、何にもいらない。だから――<あなたたち>はもういらない。」
血がつながっただけの男は、茫然と立ち尽くしていた。
その背中を見送りながら、蒼生は心の中で繰り返した。
千尋さえいれば、他は全部いらない。
千尋さえ、自由にしつつ、私のそばにいてくれれば。
そして、あの事故の日が蘇る。
誰かに突き飛ばされた時、蒼生は千尋の手を握っていた。ぎゅっと、痛いほどに。
でもその瞬間、蒼生は自分の腕が千尋の体を線路へと引きずり込もうとしていることに気づいた。
『千尋は私が守る。絶対に守る!』
衝動が、無意識に体を動かしていた。
とっさに、蒼生は自らその手を強く振りほどいた。千尋の体が、線路から離れる。
よかった――と思った、次の刹那。千尋は、迷いなく線路に飛び込んできた。
蒼生に向かって手を伸ばしながら。
一瞬の迷いも、躊躇いもなかった。
『ああ……千尋は自分を選んでくれた。一人生き延びることよりも、少しでも自分を助けられる可能性にかけてくれた。もういい……死んでもいい……。幸せだったな……出来れば来世も千尋と一緒がいいな……。』
そう思った瞬間、世界が白く弾けた。気がつくと、そこは見知らぬ豪奢な部屋にいた。
大勢の男たちが、ひとりの少女を囲んで断罪していた。
その少女は、千尋とはまるで似つかない見た目――金髪のウエーブがかった髪に、青い瞳、豪奢なドレス。
なのに、蒼生は一目でわかった。
言葉を発する前から、魂の匂いでわかった。
ああ、千尋。
また千尋に会えた。そして少女が、言葉を口にした瞬間、確信した。
千尋。
千尋。
また千尋と生きられる。
ここがどこの世界かは、すぐにわかった。
自分が聖女アリシアの名で呼ばれるこの国。
悪役令嬢アマルソフィアが、隣国ブリュンヒル王国への「国外追放」が決まっている「1」の世界。
千尋はまた、蒼生から引き離されようとしている。もう、逃がしてあげられない。
あなたは私を選んでくれたから。
今度こそ、絶対に。
蒼生は夜中にこっそりと、聖女アリシアの部屋から抜け出した。
冷たい夜露に濡れた茂みの中で、朝が来るのを息を潜めて待った。
やがて、ブリュンヒル王国に向かう馬車が近づいてくる。
蒼生は、黒いマントを翻して飛び乗った。馬車の揺れの中で、彼女は静かに微笑んだ。指先で、胸に下げられた物に触れて確認しようとして、それは前世の体と共に置いて来てしまったことに気が付く。
「せっかく千尋からもらった乳歯、ずっとペンダントに入れて持ち歩いてたのに、なくなっちゃって、それだけは残念だわ……。」
千尋が骨が入っているのかと尋ね、蒼生がそうだと答えたピルケースの中には、幼少期に蒼生が千尋からもらった乳歯──確かに骨が、入っていたのだった。
「待ってるわ、千尋。今度こそ、離さない。あなたが自由でいられるように……私が、そばでずっと、閉じ込めてあげるから。」
そう言えば机の上に置きっぱなしだった、自分が自主製作をした、千尋の盗撮日めくりカレンダー、千尋も一緒にこっちに来たから、千尋に見られなくて助かったわね、と思いながら、蒼生は馬車の中で目を閉じた。
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