第2話 転生前夜<高倉千尋視点>
その日以降、千尋は蒼生が首から銀色の蓋つきのペンダントを下げていることに気付いた。
「何それ、ピルケース?蒼生、どっか悪いの?」
「ううん、骨が入ってるの。肌身離さず持っておきたくて。」
「ああ、そっか。そうだね。私もそうすれば良かったかな。」
最近持ち始めたにしては、金属が劣化していることに、千尋は気付かずそう言った。
残された保険金と遺産の使い道は二人で決めた。
蒼生の実家の洋食屋と、千尋の実家のケーキ屋を繋げて、新しいカフェレストランをオープンすることにした。
「私たちが幸せに仕事を頑張っていれば、きっとお父さんたちも安心してくれるよ。」
店の改装は順調に進み、あとは職場の退職を残すのみとなった。
職場を辞める直前、フロアマネージャーが蒼生に告白してきた。
「結婚を前提に、付き合ってほしい」
蒼生は即座に首を振った。
「男より推しより親友がモットーなの。店もこれからだし、ちょっと考えらんないかな。ごめん。」
容赦なくバッサリ、長年共に働いた同僚に対する最低限の礼儀で、冷た過ぎない空気感を醸し出しながら、蒼生はそう言った。
相変わらず、千尋以外に興味がないな、と千尋は思った。推しが出来たのだって、奇跡みたいなものだ。
いつもは千尋と遊びたいから、千尋がやりたがる遊びをしていた蒼生だったが、唯一と言っていい、千尋以外に対する関心を見せたのだ。千尋には他にも推しがいたが、蒼生はそのキャラ以外推しすらいない。
その夜、職場近くで早めの祝杯をあげ、帰宅途中の駅のホーム。千尋が、そっと尋ねた。
「本当に……良かったの?あのマネージャー、アクセルに似てたよね。私たち、入社当時二人で興奮しながら眺めてたじゃん」
「ほんとのアクセルじゃないし。そこまで興味ない。これから仕事本格化させるんだし、そんなの相手してる暇ないよ。」
それにさ、と蒼生はその言葉に小さく笑った。
「千尋だって、別にるー、なんだっけ?あだ名までつけてるのに、❝1❞のキャラは、そこまで推してないじゃん。」
「るーくん、ルキたん、ほっくん、アイアイね。まあ確かに、私の推しは、❝2❞のアズアズだからさ。蒼生もでしょ?」
千尋が言っているのは、二人でハマっている乙女ゲーム、<悠久のロマンスを君と2人で>の話だ。
千尋が呼んだあだ名は「1」の攻略対象者に千尋がつけた名前である。もともと「2」からやり始めたが、何週もした為、「1」にも手を出してみようと最近始めたのだ。だが「2」ほどの推しはできなかった。
「そもそもの話、千尋のことも、将来生まれる千尋の子どもや旦那さんも、受け入れてくれる人じゃないと無理かな。」
悪意のない天然型と言われる千尋と違って、日頃クールで合理的かつ、冷静なタイプだと評される蒼生だったが、こと千尋が絡むと一気に豹変する。
「私、自分の子どもたちも仲良くさせたい。それで、おばあちゃんになっても、二人で店を頑張るの。それまで絶対私が千尋を守るんだから。」
次の瞬間、千尋が蒼生を抱きしめた。
「守るのは私のほうだよ。お姉ちゃんなんだから。」
蒼生の目が、わずかに潤んだ。
「改めてよろしくね、お姉ちゃん。」
ニカッと笑う蒼生。初めて、半年年上の千尋を「お姉ちゃん」と呼んだ。
「蒼生~っ!!大好きだよ!!世界で一番、蒼生が好き!!永遠に一緒にいようね!!」
酔っぱらった二人は、そのテンションのまま互いの名前を叫びながら、千尋は蒼生に飛びつくようにぎゅーうううっと抱きしめた。
ずっと2人だけの世界で生きてきた。それが本当に2人きりになってしまったと言うだけだ。変わらない、何も。
離したくない気持ちを全身で伝える。蒼生も笑いながら、千尋の背中を強く抱き返した。目尻が少し赤い。
「私もだよ、千尋!千尋がいないと私、生きていけないもん!これからもずっと、おばあちゃんになっても、一緒なんだから!」
二人は駅ホームの真ん中で、照れくさそうに笑い合いながら、むぎゅー、むぎゅーと何度も抱き合った。
通りすがりの人が微笑ましそうに見ているのも気にならない。だって、二人の世界はここに全部あるから。
やがて電車がやって来るのが見えた為、抱き着いていた体を離し、電車に乗り込む為、ホームに向き直る。それでも蒼生は手だけはつないで、千尋に向けて微笑んだ。
千尋が微笑み返した、その刹那――視界から、蒼生が消えた。強い力で、つないだ筈の手が引き離される。
誰かに突き飛ばされたらしい。線路へ、仰向けにこちらに手を伸ばしながら、転落していく、驚愕した表情の、蒼生の姿。そこにホームに滑り込む電車の光が目を刺す。
千尋の心臓がギュッと冷たく縮む。胸が、文字通り引き裂かれた。
蒼生がいない世界なんて、地獄だ。両親に放って置かれた時。両親が死んだ時。
千尋の世界には、いつだって蒼生しかいなかった。
いや、蒼生こそが世界そのものだった。
あの瞬間、千尋は悟った。自分は蒼生なしでは生きられない。
蒼生がいれば、他に何もいらない。死んでも、絶対に離れない。
生きるも死ぬも、一緒だ。
千尋は叫んだ。
「蒼生っ!!」
名前を叫びながら、自分も線路に飛び込んだ。
迫りくる電車の光が、千尋の最後の記憶だった。
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