第25話 穏やかな聖地観光?
数日後。ブリュンヒル王国の国境近くの町。もふもふカフェレストランの買い出しの為、近くに広場のある町で、千尋は買い物袋を抱えながら立ち止まっていた。
近くの露店の中年女性たちが、ひそひそと話をしていたのが聞こえて来たからだ。
「ねえ、聞いた?マルカール王国から、変な噂が流れてきてるらしいよ。」
「聖女さまが、公爵令嬢に操られてるって話?」
「そうそう。聖女さまが、王子と聖女さまの関係に嫉妬した元婚約者に、さらわれた挙句、その力で操られて、国に戻ることが出来ないらしいわ。」
千尋の手が、びくりと震えた。
「……え?」
中年女性たちは気づかず、話を続けた。
「王宮が本気で動き出したらしいわよ。聖女さまを連れ戻すために。公爵令嬢を殺せば聖女さまが元に戻るかも知れない、って話も出てるみたい。」
千尋の背筋に冷たい汗が伝い、胸がギュッと締め付けられた。千尋は急いで店に戻った。
カウンターで材料を並べていた蒼生が、千尋の顔を見て小さく首を傾げた。
「どうしたの?顔色が悪いけど。」
千尋は一瞬、言葉を詰まらせた。
「……町で変な噂を聞いたの。」
「噂って、どんな?」
蒼生は微笑んだ。いつもの、優しい笑顔だった。でもその笑顔の奥で、目がわずかに細くなった。
「私が蒼生を操って連れ出したってことになってるみたい。ほら、魔物を操る力があるじゃない?アマルソフィアは。」
「でも、そんなの事実じゃないわ。アマルソフィアは人間は操れないじゃないの。」
「うん……そうなんだけど、王宮じゃそういうことになってるみたいなの。蒼生を取り戻す為に、アマルソフィアを殺せって話が出てるって……。」
「噂なんて、気にしなくていいよ。……私がここにいる限り、誰も千尋に手を出すことはできないから。」
千尋は蒼生の視線を、じっと見つめた。その瞳は、優しいはずなのに、どこか熱を帯びていて、底知れぬ闇を感じさせた。
「……蒼生。」
「ん?」
千尋は買い物袋をぎゅっと抱きしめたまま、小さく呟いた。
「なんか……最近、蒼生が怖い。私の知らないところで、何かしてないよね?」
蒼生の微笑みが、一瞬だけ凍りついた。次の瞬間、彼女はカウンターを回り込み、千尋を強く抱きしめていた。
「ごめんね。ちょっとピリピリしてて……。ほんとはいつ追手が来るかって、毎日心配なの。」
「そっか……そうだよね。私たちは私たちであって、私たちじゃないんだもん。ルーク王子たちからしたら、私は敵なわけだし。」
「あなたはアマルソフィアだけど、アマルソフィアじゃないでしょう?私だってそうだわ。あんな人たちとは一緒に行かない。私はずっとここにいるわ。もし来たら、千尋だって一緒に戦ってくれるでしょう?」
「もちろんだよ。ずっと一緒にいたいもん。」
千尋は力強くうなずいた。
「……でも、もしも私が変わっても、千尋は私から離れないでね?そしたら私、ほんとに怖い人になっちゃう。」
声は甘く、耳元で囁かれた。千尋は、蒼生の腕の中で、ただ小さく頷くことしかできなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
次の休み、千尋と蒼生の二人はようやく聖地巡礼に出かけた。ブリュンヒル王国の古い観光地――「星降りの泉」。そこは、伝説では女神が最初に涙を流し、飢えた人々を救った場所とされており、ゲーム内では攻略対象者とデートをする場所だ。
巨大な白大理石の泉の周囲を、透き通った水晶のような石畳が取り囲み、陽光が七色の光を散らしてきらめいている。
泉の水面は鏡のように澄み、時折、風に運ばれてくる花びらが、まるで星屑のように舞い落ちる。
千尋は目を輝かせて周りを見回した。
「わあ……ゲームの背景よりずっと綺麗……!蒼生、見て見て!水が光ってる!」
隣で蒼生は、ずっと千尋の横顔だけを見つめていた。
唇の端が、抑えきれないほど緩んでいる。
今日は完全に、千尋を独り占めできる日だ。
店も子どもたちも、もふもふたちも、すべてを置いてきた。
ここには、ただ二人だけ。
「うん……本当に綺麗だね。」
蒼生はそう答えながら、そっと千尋の指先に自分の指を絡めた。
人差し指と小指を優しく包み込むように。
千尋が笑うと、蒼生の胸の奥が熱くなる。
この笑顔は、今日だけは誰にも渡さない。
二人は泉の縁に並んで座り、足を軽くぶらぶらさせた。
買ってきた二種類の蜂蜜入りの果実ジュースを、二人で飲み比べしてみいる。
千尋が一口飲んで「甘っ!」と目を丸くすると、蒼生はくすっと笑って、自分のジュースを千尋の唇に近づけた。
「ほら、私のもちょっと飲んで。……千尋のと比べてどう?」
千尋は照れながらも素直に口をつける。
「ん、こっちのほうがさっぱりかも!こっちにすればよかったかな。」
「私にもちょうだい。」
蒼生が髪をかき上げて耳にかけながら、千尋の手から直接ジュースのストローに口をつけた。
「私はこっちのほうが好きね。」
「じゃあ交換する?」
「そうしましょ。」
蒼生は本当は、別にどちらもそれほど好きではない。強いて言えば千尋に渡したジュースのほうが好みだったが、単にそのほうが、千尋が喜ぶだろうと思ってそうしただけだった。
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