第21話 蒼生の過去①
蒼生の脳裏に、両親を捨てる決意をした際の記憶がフラッシュバックする。
熱を出して苦しむ蒼生は、喉が渇いて何度も母親を呼んでいた。布団に入ることも出来ず、畳の上で倒れていた。
「ママ……ママ……。」
母親はテレビに夢中で、まるで蒼生を気にかけようとはしなかった。そのうち嘔吐し、吐いたものが喉につまり、死ぬのではないかという恐怖にふるえ、なんとかせき込みながら、吐しゃ物をすべて吐き出した。
吐しゃ物のすえた臭いが部屋中に広がる。畳に吐しゃ物が広がっていく。体を起こすことも出来ず、蒼生はぐったりとするしかなかった。
そこに、たまたまその部屋の物を取りに来た母親がやって来て、畳に広がる吐しゃ物を見て、いきなり怒鳴り声をあげた。
「畳の目に入るじゃないの!トイレで吐きなさいよ!」
母親はそう言って怒りながら、バケツに入れた水とぞうきんを持ってきて、苦しむ蒼生をしり目に、畳の目に入り込んだ吐しゃ物を掃除し始めた。
蒼生を心配することは、最後までなかった。
蒼生は心の中で繰り返した。まるで神に祈るように。神の名前が、<千尋>であるかのように。
『千尋がいれば、いい。ママが冷たくても、千尋が笑って、私のそばにいてくれれば、それでいい。』
またある夜。蒼生は父親のスマホをこっそり見ていた。父親は母親に隠れて、別の女性と会っていた。しかもその女性は、父親の弟の嫁だった。蒼生は冷静に、父親の浮気の証拠写真を何枚もスマホで撮った。
そして、それを母親ではなく、千尋の隣家に住んでいた、母親の実家の祖父母に見せた。父親は母親を丸め込むのがうまかったので、母親に見せただけでは、離婚に至らないかも知れないからだった。
次の日、祖父母は、父親と、その両親と、義弟夫婦を呼び出し、その場で父親をひどくなじった。母親もそれで、父親の浮気を知った。双方の親と実の弟からなじられた父親はなんと逆切れした。
よりにもよって、弟の妻と浮気して、子どもまで作っていたことを知った母親は、さすがにその場で離婚を決め、その日のうちに蒼生は千尋の隣家である、祖父母の家に住むことが出来るようになったのだった。
その夜、彼女は自分に与えられた部屋で、千尋と撮影した写真を見つめながら呟いた。
「私は化け物かも知れない。でも、千尋さえいれば、それでいい。やっと、近くに住めた。あとは、千尋と本当の姉妹になるだけ。あんな不倫の子は、妹なんかじゃないわ。」
千尋のそばにいる為に、孤独な少女は、孤独な戦いを始めた。
中学二年生の夏。蒼生は中学の女王様だった。美しく、男子生徒にモテるのに、相手にしない蒼生を、逆恨みする女子生徒も多かった。自分の好きな男子が、大抵蒼生を好きだったからだ。
蒼生自身に手出ししようにも、蒼生は運動神経がよく、勘が鋭く、そして強かった。だから千尋が狙われた。
千尋も蒼生ほどではないが、親しみやすい可愛らしさとその笑顔で、男子生徒に人気があった。
ある日、蒼生を敵視する女子グループが、千尋を男子生徒に襲わせる計画があることを耳にした。
体育の時間で使った道具を倉庫に片付けに来た蒼生の耳に届いたのは、千尋を男子生徒三人で襲うというものだった。蒼生の指先が、握りこんだ拳に食い込んだ。
その計画の夜、蒼生は大勢の信者を引き連れて、千尋が蒼生の名を語って呼び出された場所へと向かった。当然千尋にその呼び出しは自分じゃないと伝え、千尋は自宅に待機させてある。
覆面をかぶってやって来た少年たちに、フラッシュをたいて写真を撮影してやり、この場に人がいることを知らせる。そして、自分も、信者の生徒にも動画をまわさせながら、覆面を被った少年たちを捕縛させた。
拘束され、覆面を無理やりはがされ、それを動画で撮影されていることに、おびえる男子生徒たち。なんて図々しいのだろう、と蒼生は思った。加害者のくせに、よくも被害者面が出来たものだわ、と。
「……あんたたちが頼まれてやったことはわかっているのよ。全員きっちり罰を受けてもらうわ。千尋に手を出したらお前らの人生を終わらせる。あんたたちはその見せしめよ……わかった?」
その後、千尋を襲う計画をした生徒たちは転校した。蒼生は翌日、千尋に何も言わずにただ隣で微笑んだ。
『これで、千尋に近付く人間は減る。……でも、もし千尋がこのことを知ったら……私は、どうやって千尋の前で笑えばいいの?』
「なんか急に何人も転校しちゃったんだって~。そんなことあるんだねえ。何があったんだろうね?」
まだ少女だった蒼生は、初めて少しだけ、動揺した表情を見せた。
『千尋……こんな私を、嫌いにならないで。』
何も知らない千尋は、すぐに話題を変えて楽し気に笑っていた。
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