第18話 推しも当然嫉妬の対象です
まだ今は組織を引き継いだばかりだから、裏社会の王と呼ばれるような存在にはなっていない筈だが、ひょっとしたらあの部下たちに、からかわれて呼ばれたものなのかも知れなかった。
「へ……変ですかね?」
「まあ……別にいいんじゃねえの。」
アズライアンはそっぽを向いた。
「というかこれ、お前が作ったのか?」
「あ、いえ、私が作ったのは、こっちのタルトで、これはうちの妹が作ったんです。」
「お褒めいただいて光栄です。」
千尋以外にはクールな蒼生が、前職で客にシェフを呼ぶよう言われ、褒められた時のように、無表情をほんの少し義務的な笑みに変えて、そう言った。
「そういや、あれから人質してんのかよ。」
「してませんよ!あなたが最後ですよ。」
「ふーん。そうなのか。」
「はい。」
「ところでお前、名前なんてえの。」
「ち……アマルソフィアです。」
「チアマルソフィア?」
思わず本名を言いそうになり、それを聞いたアズライアンがそれに反応してしまい、慌ててそれを訂正する千尋。
「アマルソフィアです!」
「俺はアズライアン・ソーサレス。まだ名乗ってなかったと思ってな。」
千尋も蒼生もアズライアンの名前は知っているが、それを口にしなかったので、アズライアンが自ら名乗ってくれた。
アズライアンが低く名乗った瞬間、千尋の瞳がキラリと輝いた。それを目の端でとらえる蒼生。その輝きは、蒼生の知っているものだった。
前世で、ゲームの画面越しに「アズアズ……!」と興奮していた時の、あの瞳だ。 蒼生の指と腕が、腕を強く握りすぎて白くなった。
「ソーサレスさん、はい、よろしくお願いいたします。」
「アズライアンでいい。」
「じゃあ……アズ……ライアンさん。」
アズアズと呼びたくなり、グッとおさえる千尋。
千尋の声が、ほんの少しだけ甘く掠れた。その掠れを、蒼生は全身で感じ取った。視界の端が、赤く染まる。それに気付かれないよう、また自分を抑えるため、カウンターの奥に引っ込んで背中を向ける。
その時千尋は後頭部に刺さるような視線を感じた。無表情のまま、蒼生が怖い表情を浮かべている。少しアズライアンに、蒼生の前でデレデレし過ぎたからか、蒼生を放っておいたからか、その両方かも知れなかった。
学生時代や職場でも、男性と話していた時、同じ表情を浮かべていたような気がする。千尋の推しであることはわかっているが、目の前で長時間接触してるのは、また違うのだろう。
アズライアンの話をすると千尋は笑顔を見せる。蒼生は千尋のその笑顔は好きだ。だからアズライアンの話をふる。推し活の提案もする。
だが、千尋が直接目の前でアズライアンと会話をし、アズライアンに笑顔を見せるのは、また別の話だ。
互いへの依存度で言うなら、千尋も蒼生も同じようなものだったが、興味関心のなさで言うのなら、千尋はアイドルにも興味があったし、同年代の男の子に、幼稚園の時に初恋を済ませた。別に彼氏だって欲しいタイプだ。
だが蒼生は初恋もまだだし、アイドルにも興味がない。当然彼氏が欲しいと言ったこともなかった。
千尋を虐めてきた男の子をボコボコに殴って泣かせたことがあるくらい、千尋を傷付けられると豹変する。そして千尋の臭いフェチだ。そこが二人が大きく異なる点だった。
「よかったらタルトも召し上がりませんか?」
「お前が作ったんだったか。じゃあ食ってみるか。」
「はい、ごゆっくりどうぞ。」
アズライアンに『星降る夜の銀果実タルト』を提供すると、千尋はいったん蒼生の元へと戻った。千尋が戻ってくると、蒼生はもう我慢できなかった。お客の──アズライアンの前だったが、関係なかった。
千尋の腕をグイ、と引っ張って、店内から見えない扉の奥へと、千尋を引きずり込んだ。千尋の腰に腕を回し、後ろから、千尋をギュッと抱きしめる。
「──緊張した?」
「緊張したよ~!」
千尋はいつもの様子でそう返してきた。
「……楽しかった?」
「うーん、楽しいのとは、違う……かな?蒼生の料理を褒めてもらえたことはうれしかったけど……。」
首を傾げつつそう言う千尋。
そう言うと、蒼生がパアアアッと明るい表情を浮かべる。
「やっぱり、千尋が自然体でいられて楽しいのは、私だけってことね!」
「そりゃそうでしょ。」
何を当たり前のことを、と口をとがらせながら千尋が答える。
「……千尋。」
ほとんど息だけで囁く。
「今度、私を放っておいて、あの男とだけ話してたら……私、本気で拗ねるから。」
額を千尋の肩につける。
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