第13話 マルカール王国にて
王太子ルーク・バレンシアの私室は、重苦しい空気に包まれていた。書類をめくる音だけが響く中、ルークがテーブルを叩いた。
「アリシアが行方不明だと!?どういうことだ!」
宰相の息子、ルキウス・エンヴィーが、冷静に資料をめくりながら答えた。
「アマルソフィアを断罪し、王宮の地下牢に入れた夜、聖女さまの部屋から忽然と姿を消されました。衛兵も使用人も、誰も目撃しておりません。その後騎士団を動員し、探させましたが、行方が知れず……。」
騎士団長の息子ホーク・アンバインが、腕を組んで唸った。
「牢屋のアマルソフィアは、断罪の日から裁判の日まで一度も外に出ていない。国外追放の際に初めて外に出た。それは確認済みだ。あいつが直接手を下したわけじゃない。」
「私も探知魔法を張りましたが……アマルソフィアの魔力反応は地下牢にしかありませんでした。」
王宮筆頭魔法使いのアイン・チックスが、杖を軽く床に突きながら首を振った。
「協力者がいたことを考えましたが、彼女の実家も学園の同級生も、彼女のことを毛嫌いしています。ルーク殿下への異常な執着と、アリシアさまへの嫉妬で、完全に孤立していました。手助けをするような人間がいるとは考えにくいのです。」
アインが言う。
ルークが苛立ったように声を荒げた。
「それなら誰だ!金で裏社会にでも頼んだのか?」
ルキウスがため息をついた。
「情報部隊に調べさせましたが……その形跡もありません。彼女が牢屋に閉じ込められている間に、アリシアさまは忽然と消えてしまったのです。」
ホークが言う。
そこへ、扉がノックされる。自身の名を告げ、入ることを許可され、静かに開かれた扉から、ルキウスの父である宰相が厳しい顔で入ってきた。手に分厚い資料を抱えている。
「殿下、お話がございます。」
ルークが即座に立ち上がった。
「宰相!アリシアはどうなったんだ!?アマルソフィアの仕業に違いないだろう!」
宰相は冷ややかにルークを見下ろした。
「殿下。まだそのようなお戯れをおっしゃられるのですか。そもそも、あなたが婚約者をないがしろにし、聖女に夢中になっていたのがすべての元凶です。」
ルークの顔が赤くなった。
「な、何を言うか!」
宰相は資料をテーブルに広げ、淡々と続けた。
「アマルソフィア嬢が魔物を統率していたことはご存知でしょう。」
「ああ、それを使って、アリシアを襲わせたのだからな。」
「ですが、あなた様が聖女に夢中になるまでは、そこにはメリットがありました。」
「──メリット?」
「アマルソフィア嬢は、魔物たちを統率することが出来ました。それこそ、魔女だ魔王の生まれ変わりだと言われる程に。」
実際、ルークたちはそれを気味が悪く思っていた。魔物を統率する力など、あまりに毒々しく、未来の王妃にふさわしくない。それならば聖女のほうがいいではないか、と。
「単なるユニークスキルが理由ですので、我々はありがたくそのお力を借りることで、魔物に対する防衛が必要なくなるよう、将来の王妃として彼女に協力いただいておりました。」
「それがなんだ。」
「その為、騎士団にかける費用が大幅に削減されました。戦争をするわけでもありませんし、防衛する必要がないので当然のことですが。彼女が王妃になれば、生きている限り不要な金が大きく浮いたのです。」
宰相はクイ、と眼鏡をあげつつ続ける。
「あの魔物たちは、アマルソフィア嬢の追放によって制御が外れました。今、王都周辺で魔物が暴れ始めています。防衛費を削っていたツケが、回ってきてしまったのです。」
ホークが眉を寄せた。
「防衛費……?」
宰相はルークを正面から見据えた。
「そうです。殿下が聖女アリシアに貢いだ宝石、ドレス、別荘の建設費……それらすべてが、本来防衛予算になる筈だったものから流用されていました。」
「なん……だと?」
「アマルソフィア嬢のおかげで、です。国王さまや王妃さまと違い、本来殿下に回せる品質維持費はそこまで高くありませんし、殿下の私的財産も大きくありますまい。アマルソフィア嬢がいなければ、殿下は意中の女性に高価なプレゼントを贈ることなど出来なかったのですよ。」
「一国の王太子が、好きに買い物も出来ぬと言うのか!?」
「王太子だから、です。王女ではない。女性に比べて男性は、日々の生活にそこまで金がかからぬものなのです。パーティーの為にドレスを毎回新しく作る女性と、特別な時にだけ仕立てる男性。それだけでわかりませぬか?」
何を当たり前のことを、とあきれた様子でルークを見る宰相。
「騎士団も縮小され、軍事費は極端に抑えられていた。アマルソフィア嬢が魔物をコントロールしてくれていたからこそ、成り立っていたのです。」
ルキウスが問いかける。
「父上、具体的な数字は?」
宰相は資料を指で叩いた。
「あなたさまが聖女に使った金額だけでも、削る以前の本来必要であった年間防衛費の三倍に相当します。これからは別荘をすべて売り払い、王太子としての品質維持費も削らせていただきます。騎士団の人員も元に戻し、魔物対策に全力を注具必要がありますので。」
ルークが声を震わせた。
「待て、宰相!それは……私の……アリシアの為の!」
アマルソフィアに、そして家族にいじめられるアリシアをかばうという名目で、アリシア。囲う為に用意した、愛の巣だ。アリシアはもういないが。
宰相は冷徹に言い切った。
「殿下。これは国家の危機です。あなたの私情で、国費を浪費し続けた結果です。聖女アリシアの行方不明も、愛想をつかされたのではないですか。魔物の暴走も、すべてはあなたが招いたことです。責任を取っていただきます。」
お前たちには、討伐部隊に入ってもらう、と、息子とアインを見ながら言う宰相。彼らだけでどうにもならなかった場合は、殿下にも前線に立っていただきます、と。
アインが小さく息を吐いた。
「……なぜ、こんなことに……。」
ホークが拳を握りしめた。
「魔物退治の準備を急ぎます。殿下、我々がなんとかします。」
ホークはそう言って、ルークの部屋を出て行った。
ルークは椅子に崩れ落ち、呆然と天井を見つめた。
宰相は資料を閉じ、静かに告げた。
「報告は以上です。チックス、あなたも王都の防衛に全力を尽くしてください。」
宰相が部屋をあとにすると、ルークの私室に、重い沈黙が落ちた。
「アリシア……俺の……アリシアが……戻って来さえすれば……。いや、アマルソフィアを取り戻せば、そして馬車馬のように働かせれば、すべては元通りになる筈だ。」
「──殿下?」
椅子に崩れ落ちたまま、ぶつぶつと呟くルークに、ルキウスが声をかける。
「追放は間違いだった。だが殺さなかったのは行幸だ。ルキウス、アイン、アマルソフィアを草の根分けても探し出せ!」
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