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黒き魔王の手前ミルク

前書き

 二足歩行という進化の代償。重力が内臓を押し下げ、冷えが精神を蝕む「構造的バグ」に、人類は長く苦しんできた。

 だが、2019年11月。山梨県・甲斐の国大学から遠隔操作されるアンドロイドたちがホワイトハウスに降り立った時、その「呪い」は物理法則によって解明される。

 

 「水嚢サンドイッチ」。

 それは、四足歩行時代の内臓配置へと肉体を回帰させ、40度のグルコマンナンジェルで生体組織を「可塑化」し、テーピングとアイシングで「全盛期」の形状を固定する、禁断のレンダリング・プロセス。

 

 アルツハイマーの霧に消えかけていた伝説のアクション俳優が、その瞳に鋭い光を宿して蘇り、ホワイトハウスの庭では世界中のセレブリティたちが、その「奇跡」を求めてプライベートジェットを列ねる。

 しかし、万桜(マオー)たちの狙いは、一握りの特権階級の救済などではなかった。

 

 路地裏を埋め尽くす中毒患者たちをガムテで簀巻きにして「強制洗浄」し、銀色の超小型アンドロイド軍団で都市の毒素を根こそぎデバッグする。

 「出羽守」という名の外圧を使い、日本の「馬鹿の壁」を壊すための巨大な布石。

 ホワイトハウスを巨大な実験場に変え、国家そのものを「全盛期」へと塗り替えていく若き学徒たちの、不敵で、少しだけ寂しい「生存戦略」が今、幕を開ける。

 

 一方、山梨のカフェでは、世界を救った代償として実家の両親たちが「全盛期」へと再起動し、二十歳差の弟妹が誕生するという、予測不能な家庭内バグが多発していた。

 公私ともにカオスが加速する中、万桜(マオー)は大統領を「魔王の座」へと誘い、既存の偽善を焼き払うための「悪貨」として、世界の理を書き換え始める。

 

 聖夜の信源郷町に吹き荒れるのは、音速で家を建てる「クラフトゲーム工法」の轟音と、濃厚な「手前ミルク」の香り。

 これは、愛する者たちのために世界をハックし、家族という名の最も困難なバグに立ち向かう、アホの子たちの黄金の記録である。



 2019年12月下旬。

 山梨県信源郷町、黒木(クロキ)家の離れ。

 冬の透き通った空気が、静寂に包まれた部屋を満たしている。

「今年は行けなくて悪かったな」

 万桜(マオー)は、仏壇にクラフト梅コーラを供えた。

 時差14時間というアメリカとの遠隔操作業務。

 私生活と研究が重なり、多忙を極めた結果である。

 両親の墓参りを省略せざるを得なかった申し訳なさが、その背中に滲んでいた。

「それでいいんだ、万桜(マオー)。お墓というものは、死者のためにあるのではない」

 白衣の襟を正し、勇希(ユウキ)が静かな声で語り掛けた。

「それは、残された生きている人間のためにあるの。自身の区切りをつけ、前を向くためのインフラなのよ」

 勇希(ユウキ)の言葉は、最高学府で命と向き合う者としての、冷徹で温かな真理であった。

「あたしも、お供えさせてもらうわね」

 勇希(ユウキ)は、自身の手製であるクラフト梅コーラを、万桜(マオー)のそれと並べて供えた。

「なにを神妙な顔をしてるのよ。コーラを飲んで、お義父さんたちも驚いているはずだわ」

 勇希(ユウキ)は、少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。

「……そうだな。あいつら、炭酸にはうるさかったからな」

 万桜(マオー)の頬に刻まれた落書きの痕跡が、冬の陽光に照らされて微かに揺れた。

「仏壇の前で医学的見地を語るなんて、おまえらしいぜ、勇希(ユウキ)

 万桜(マオー)はジト目を向けながらも、その言葉に救われたように、小さく息を吐いた。

「インフラは整ったわ。さあ、万桜(マオー)。次は私たちが、新しい命という名のバグに対処する番よ」

 勇希(ユウキ)は、実家で待ち構える「二十歳差の妹」という名の不条理を思い出し、不敵に笑った。

「前を向いて生きて、それで壁にぶつかって、寂しくなったり、挫けそうになったら会いに行く場所」

 そう言って、舞桜(マオ)も仏壇にクラフト梅コーラをお供えする。

 琥珀色の液体が、冬の低い日差しを透過させて、宝石のように煌めいた。

「そうだな……それがお墓だ。なあふたりとも、今度、一緒にウチの墓見てくれねえかな? あれだよ、その、いつかよ。入るわけじゃねえか?」

 万桜(マオー)は、仏壇の奥に視線を投げたまま、そっけなく、けれど震える声でそう言った。

 それは、世界を再起動させた魔王が放つ、あまりに不器用で、あまりに重い、遠回しな求婚の言葉であった。

「…………へ?」

 勇希(ユウキ)の思考回路が、音を立ててショートした。

 最高学府の秀才が持つ論理エンジンが、予測不能なバグに直面して、オーバーフローを起こす。

 「一緒に墓を見る」という言葉が持つ、日本の家父長制における呪術的な意味。

 それを理解した瞬間、勇希(ユウキ)の白い肌が、一気に全盛期のリンゴのように赤く染まった。

「な、なになになになに!? なにを、唐突に、非論理的なことを……ッ!」

 勇希(ユウキ)は、白衣の裾をギュッと握りしめ、パニックを隠すように叫んだ。

 心拍数は、アイシング・プラグが必要なほどにブーストされている。

「い、いいわよ! 見てあげようじゃないの! 私が責任を持って、その……あなたの、一族の健康管理を、墓場までデバッグしてあげるわよ!」

 支離滅裂な返答をしながらも、勇希(ユウキ)の瞳には、歓喜と戸惑いが入り混じった涙が浮かんでいた。

「あら……。それは、随分と気の長い、そして贅沢な投資のお誘いね」

 舞桜(マオ)は、扇子で口元を隠したが、その手元は微かに震えていた。

 冷徹なCEOとしての計算を、熱い情動が塗り替えていく。

 「いつか入る」という未来のレンダリング。

 それは、巨万の富でも、アメリカの権力でも買えない、万桜(マオー)という名の純粋な欠片。

「ふふっ……いいわよ、万桜(マオー)くん。あたしがあなたの人生のすべてを、その墓石の隅々まで買い取ってあげる。……当然、あたしを一番良い場所に配置しなさいよ?」

 舞桜(マオ)は、潤んだ瞳を細め、勝利者のような、けれど最高に愛らしい微笑みを浮かべた。

 ふたりは、まだ知らない。

 世界最強の「アメリカン」との間に、彼女たちふたりを妻に迎えるための、法的な外圧が約束されていることを。

「……なんだよ。ふたりとも、顔真っ赤だぜ?」

 万桜(マオー)は、照れ隠しにジト目を貼り付け、供えられた梅コーラを手に取った。

 冬の静かな離れに、新しい家族の予感という名の、最も甘いノイズが響き渡った。


★ ◆ ★ ◆ ★


 信源郷町、黒木(クロキ)家の居間。

 こたつから流れる暖気と、大型テレビから漏れる明るい音声が、穏やかな午後の空気をレンダリングしていた。

 画面の向こう側では、若返った合衆国大統領が、黄金のワシントンを背景に満面の笑みを浮かべている。

「"The future of health is here! America's pride, Craft Milk!"(健康の未来はここにある! 我が国の誇り、クラフトミルクだ!)」

 テレビのワイドショーは、アメリカで社会現象となっている「クラフトミルク」の特集を一色に染め上げていた。

 かつてのメディアを覆っていた陰湿なスキャンダルや、出所の怪しい活動家によるノイズは、万桜(マオー)たちの仕掛けた「洗浄」によって綺麗にデバッグされている。

 流れてくるのは、精密発酵や植物性パーツの再構成によって「おなかを壊さない、自由で衛生的なミルク」が世界を救うという、希望に満ちたニュースばかりであった。

「アメリカ発なのにウチ(・・)にあるのな」

 勇希(ユウキ)は、こたつの上で静かに鎮座する無骨ながらも洗練された「ミルクメイカー」を眺め、万桜(マオー)へとジト目を貼り付けた。

 その端末には、アメリカで発売されたばかりの最新家電として紹介されているものと、全く同じ「再構成アルゴリズム」がデプロイされている。

「まあいいじゃない。我が家(・・・)の食卓が豊かになるなら歓迎よ」

 舞桜(マオ)は、パニック寸前の勇希(ユウキ)を優雅に宥めながら、その魔法の機械を手に取った。

 舞桜(マオ)の視線が、説明を求めるように万桜(マオー)を射貫く。

「……ッ、ウチ(・・)とか、我が家(・・・)とか……」

 ふたりの自然すぎる「身内発言」に、万桜(マオー)は顔面を沸騰させ、視線を逸らしながらも、重い口を開いた。

「これは、牛乳をスキムミルクとバターオイルとホエイパウダーに分離して、保存性を極限まで高めたものをベースにするんだ」

 万桜(マオー)は、自身の頭脳が叩き出した「手前ミルク」の設計図を、ふたりに開示し始める。

「そこにアーモンドや大豆、オーツ麦のパーツを、用途に合わせて『乳化』させて再構成する」

 万桜(マオー)の指先が、カートリッジ式の成分管理システムを指し示した。

「牛に無理をさせず、必要な成分だけを分けてもらう。バターオイルだけは本物を使って、香りの複雑性と融点を維持するのが肝なんだ」

 万桜(マオー)の解説は、次第に熱を帯び、世界の理を書き換える「悪貨」としての鋭さを取り戻していく。

「価格の乱高下もなくなり、供給は安定する。なにより、直前に一体化させるから、食中毒のリスクも激減する。……自動洗浄機能付きだ、水を入れて回せば終わる」

「……生命倫理と最先端工学のハイブリッド……。それをアメリカンに売って、日本の『馬鹿の壁』を外側から叩き壊すための道具に仕立てたのね」

 勇希(ユウキ)は、感心したように、手製の梅コーラをミルクメイカーの傍らに置いた。

「いいわ、万桜(マオー)くん。あたしたちの『最上の朝食』のために、最高のレシピを構築しましょう。……もちろん、あたしの美容成分も特盛りでね」

 舞桜(マオ)が楽しそうにボタンに指をかける。

 テレビの中の熱狂を余所に、黒木(クロキ)家の居間には、世界をデバッグした者たちだけの、静かで贅沢な「手前ミルク」の香りが広がり始めた。


★ ◆ ★ ◆ ★


「実家に帰らせてもらいます」

 万桜(マオー)の妹、(サクラ)は唐突に宣言した。

「いや、おまえの実家、ここじゃねえか?」

 万桜(マオー)は、剥き出しの困惑と共にツッコミを入れる。

「兄ちゃん! この(サクラ)木石(ボクセキ)にあらず! 新婚カップル? つかトリオ? 新婚カップルトリオのお邪魔虫になりとうござらん!」

 (サクラ)は、不敵な笑みを浮かべて人差し指を突き立てた。

「てか塩っぱい。兄ちゃんが使ってた部屋は、この(サクラ)がもらい受けた! サラバだ、明智くん! フハハハハー!」

 (サクラ)はそう言うや、莉那(リナ)拓矢(タクヤ)を指揮して速やかな引っ越しを開始した。

「ちょ、ちょっと待ちたまえ! トリオって、なにを根拠に断定して……ッ!」

 勇希(ユウキ)は、白衣の合わせがはだけるのも構わず、顔面を沸騰させて抗議した。

 耳まで真っ赤に染め上げ、論理的な反論を試みるが、言葉が全く形を成さない。

「あら。(サクラ)ちゃん、随分と気の利いた配慮をしてくれるのね。……万桜(マオー)くん、どうするの?」

 舞桜(マオ)は、扇子で顔の下半分を隠しつつも、隠しきれない熱量を瞳に宿していた。

 どこか勝ち誇ったような、けれど少女のように純情な赤みが、その頬を優雅に彩っている。

「……ッ、勝手にしろ! おまえら、生暖かい目でこっちを見るんじゃねえ!」

 万桜(マオー)は、居たたまれなさに耐えかね、ジト目を貼り付けながらも、うなじまで真っ赤にして怒鳴った。

「ヒュー! 万桜(マオー)、やるじゃん。あたしら、邪魔者は退散してあげるよー」

 莉那(リナ)は、大きな段ボールを抱えながら、ニヤニヤとした天真爛漫な笑みを向けた。

 その瞳には、親戚の痴話喧嘩を鑑賞するような、救いようのない温情が満ちている。

万桜(マオー)……。おまえ、墓の話といい、今日という今日は男を見せたな。……頑張れよ。俺は、おまえを誇りに思うぜ」

 拓矢(タクヤ)は、重厚な本棚を片手で担ぎながら、親指を立てて万桜(マオー)に深い頷きを贈った。

 その視線は、戦友の初陣を見送る武人のように、どこまでも真っ直ぐで、生暖かかった。

「応援してんじゃねえ! ほら、(サクラ)! 荷物置く場所、教えやがれ!」

 万桜(マオー)は、逃げ出すように(サクラ)たちの後を追い、赤熱した顔を冷やすべく冬の廊下へと飛び出した。


★ ◆ ★ ◆ ★


「莉那。俺らどうしようか?」

 帰り道、冬の澄み渡る夜空を仰ぎながら、拓矢(タクヤ)が不意に問い掛けた。

 万桜(マオー)のあの不器用な求婚を間近で聞き、(サクラ)の引っ越しを先導したことで、自分たちの「座標」を再確認したくなったのだ。

「あたしが斧乃木(オノノギ)家に入ります! これは決定事項です!」

 迷いのない、清々しいまでの宣言であった。

 莉那(リナ)は、弾むような足取りで、拓矢(タクヤ)の腕に自身の腕を絡める。

「オフクロ居るけどいいのかよ?」

 拓矢(タクヤ)は、少しだけ照れくさそうに、けれど真剣な眼差しで莉那(リナ)を見つめた。

 苦労をかけてきた実母を大切にしたいという、拓矢(タクヤ)なりの誠実な懸念であった。

「じゃあ、ウチのプレハブに来る? お義母さんごとさ」

 莉那(リナ)は、なんでもないことのように提案を投げ返した。

「おまえ、プレハブって……。あの豪邸のこと言ってんのか?」

 拓矢(タクヤ)は、思わず足を止めて苦笑いを漏らした。

 福元(フクモト)家は、中学生の頃に万桜(マオー)たちの悪ノリと最新工学を注ぎ込んで建てられた、規格外の邸宅だ。

 プレハブ工法を極限まで進化させた結果、もはや一つの小国家を収容できそうなほどに広く、快適な「全盛期の住まい」と化している。

「いいじゃん。お義母さんも一緒に、みんなでワチャワチャした方が絶対楽しいし! あたし、お義母さんに家事、教わっちゃうもんね~」

 莉那(リナ)は、拓矢(タクヤ)の肩に頭を預け、幸せそうに目を細めた。

「……。そうだな。おまえがそう言ってくれるなら、俺はもう、どこまでもついて行くぜ」

 拓矢(タクヤ)は、絡められた手に力を込め、温かな光に満ちた福元(フクモト)家の方角を見据えた。

「決まりー! じゃ、お義母さんに報告する前に、コンビニで特大のアイス買ってこ! お祝いだよぉ!」

 莉那(リナ)は、全盛期の瞬発力で拓矢(タクヤ)の手を引き、夜の信源郷町を走り出した。


★ ◆ ★ ◆ ★


 緊張はそこになかった。

 斧乃木(オノノギ)清子(セイコ)は47歳。

 しかし、水嚢サンドイッチによって再起動された見た目は、二十代中盤にしか見えない。

 莉那の両親である福元(フクモト)芳恵(ヨシエ)武田(タケダ)真一郎(シンイチロウ)もまた、47歳でありながら二十代中盤の肉体を取り戻している。

「の、脳がバグる! これじゃ同級生が三人並んでるみたいじゃねえか!」

 拓矢(タクヤ)が、あまりに高解像度すぎる「全盛期の母たち」を直視できずに唸った。

「てか、ウチすぐそこじゃん。いいよ。あたしひとりで。(シン)の字も困るだろう? 美人が一緒に暮らしたら」

 清子(セイコ)は、幼馴染でもある真一郎(シンイチロウ)への配慮を見せつつ、三世帯同居をあっさりと拒絶した。

 若返っても中身は肝の据わった江戸っ子気質であり、一人暮らしの気楽さを優先しようとしたのだ。

「大丈夫! お義母さん、金ならある! じゃあ、三世帯住宅にリフォームしちゃおうぜ!」

 これに莉那(リナ)が待ったを掛けた。

 天真爛漫な勢いで、人差し指を天高く突き上げる。

万桜(マオー)のインフラ投資で、あたしの口座、今ならアホみたいにレンダリングされてるし! 防音も、動線も、プライバシーも、全部最新のセキュリティパッチで上書きしちゃえば解決だよ!」

 莉那(リナ)の瞳には、愛する拓矢(タクヤ)と、その母である清子(セイコ)、そして再起動した自分の両親までもを一つの巨大なシステムに統合しようとする、不敵な野望が宿っていた。

「いや、莉那……。それ、リフォームってレベルじゃねえだろ。城でも建てる気か?」

 拓矢(タクヤ)が引き攣った笑顔でツッコミを入れる。

 だが、莉那(リナ)の決意は、もはや誰にもデバッグできない。

「いいじゃん! 全盛期のパパとママ、それに最高にイケてるお義母さんと一緒に暮らす。これこそが、あたしたちがデバッグした世界の、最高に贅沢なエンドロールなんだから!」

 莉那(リナ)の快活な宣言が響き渡った。

 信源郷町に、既存の家族観を根本から書き換える、史上最も豪華で騒がしい「三世帯プレハブ」の建設計画がデプロイされようとしていた。


★ ◆ ★ ◆ ★


「ねえ。知ってる? 今日はイブ! 2回生のイブ! 一度きりのイブ?」

 そうやってゴネているのは、防大組の藤枝(フジエダ)(マコト)だ。

 合衆国の再起動という歴史的偉業を成し遂げた直後の聖夜、彼に与えられた任務は、戦闘機を操ることではなく、インパクトドライバーと電磁石を操る建築作業であった。

「てか、金あんだから、人雇えよサブリナ」

 万桜(マオー)は、設計図をレンダリングしたタブレットを片手に、呆れたジト目を莉那(リナ)に貼り付ける。

「あたし、結婚したらオノリナ?」

 莉那(リナ)は、新しい苗字の響きを確かめるように小首を傾げる。

 福元(フクモト)の「福」を「サブ」と読み替えたサブリナという呼び名。

 それは、この騒がしくも愛おしいコミュニティにおける、彼女の揺るぎないアイデンティティであった。

「サブリナは、サブリナだろ? いいから、ちゃっちゃと片付けちまおうぜ」

 万桜(マオー)の号令と共に、掻き集められたセイタンシステムズのヤローどもが、一斉に駆動を開始した。

 福元(フクモト)斧乃木(オノノギ)邸宅のリフォーム。

 それは、既存の建築基準法を「全盛期」の技術でデバッグする、音速のクラフトゲーム工法による侵攻であった。

「摩擦抵抗軽減台車、起動。これ、300キロの建材が指一本で動くの、マジで楽だよなー」

 拓矢(タクヤ)が、エアコンプレッサーのスイッチを入れる。

 空気の層で浮上した巨大な集成材の束が、氷の上を滑るように現場へと搬入されていく。

「電磁石固定、完了! 藤枝(フジエダ)、竹釘を叩き込め!」

 佐伯(サエキ)が、電磁石による精密なクランプで板材を束ねる。

 藤枝(フジエダ)が、恨み節を吐きながらも、防大仕込みの正確な動作で竹釘を装填し、構造体を「柱」へと昇華させていった。

「この蒟蒻繊維土ブロック、免震構造で、環境負荷がゼロとはね」

 真一郎(シンイチロウ)は、若返った腕でブロックを積み上げていく。

 その隣では、佐々(サッサ)陸将が、自衛隊の災害派遣でも見せないようなキレのある動作で、漆喰の壁下地をプレスしていた。

「おい、番長(バンチョー)! 屋根のファンネル発電機、水平がコンマ5ミリ狂ってるぞ!」

 万桜(マオー)の指摘に、番長(バンチョー)がリーゼントを揺らして応える。

「あいよ! 黒幕(フィクサー)、聖夜の空に一番近い場所だ。最高の風を掴めるように調整してやるよ!」

 電磁石が解かれ、竹釘が締まる。

 クラフトゲーム工法によって規格化されたパーツが、パズルのように噛み合い、豪邸の骨格を次々とレンダリングしていく。

 2019年12月24日。

 信源郷町の片隅で、世界最強のアホの子たちが聖夜の雑音をかき消し、アホの子の夢を形にするために、音速の建築劇を繰り広げていた。


★ ◆ ★


「いっちょあがり! 建築のあとのガソリン補給だ。特製の『全盛期パスタ』を食ってくれ!」

 番長(バンチョー)は、リーゼントを夜風に揺らしながら、完成したばかりの三世帯住宅のテラスにカセットコンロを並べた。

 傍らには、先ほどまで建築のメインフレームを支えていた電磁石ユニットの代わりに、一台のミルクメイカーが鎮座している。

「へえ、クリームパスタか。冷えるイブには最高だね」

 真一郎(シンイチロウ)が、若返った顔に期待を滲ませて覗き込む。

「ただのクリームじゃねえ。ミルクメイカーで今、この瞬間に再構成した『手前生クリーム』だ!」

 番長(バンチョー)は、ミルクメイカーの成分設定を「高脂肪・超乳化モード」へとレンダリングした。

 バターオイルの比率を極限まで引き上げ、ナノレベルで微細化された粒子が、濃厚なコクと軽やかな口当たりを両立させる。

 

「見てな。分離安定性がチート級だから、火を入れてもボソボソにならねえ。これが全盛期の乳化技術だ!」

 番長(バンチョー)は、フライパンで香ばしく炒めたベーコンとキノコに、再構成されたばかりのミルクを流し込んだ。

 瞬時に沸き立つ黄金色のソースが、アルデンテに茹で上がったパスタに、吸い付くように絡まっていく。

「なにこれ……。ミルクメイカーを通しただけなのに、香りの解像度が暴力的に高いわ……」

 勇希(ユウキ)は、湯気と共に立ち上る芳醇なバターの香りに、医学的見地を忘れて目を丸くした。

「ふふっ。番長(バンチョー)、これならあたしの厳しい投資基準も一瞬でクリアね。……早く、あたしの皿にデプロイしなさい」

 舞桜(マオ)は、優雅にフォークを構え、勝利の確信に満ちた瞳で番長(バンチョー)を急かした。

「福元、斧乃木(ジェイ)も、冷めないうちに食ってくれ!」

 番長(バンチョー)は、大皿に盛り付けたパスタをテーブルの中央へ。

 漆黒の夜空の下、ファンネル発電機が回る新居のテラスで。

 世界を救った後の贅沢すぎる「手前ミルクパスタ」が、疲れ果てた男たちの胃袋と、恋する乙女たちの心を、全盛期の熱量で満たしていった。



『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みの地球の皆様へ!

いつも拙作『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みいただき、本当にありがとうございます!

物語の中で、「魔王」こと黒木万桜は、時には「水嚢の川」で災害に立ち向かい、時には中古スマホを活用したクローズドネットワークなんて突拍子もないアイデアまで生み出しています。

実は、この物語には、万桜のそんな「もしかしたら、これって本当に役立つかも?」と思えるような、たくさんのアイデアが散りばめられているんです。読者の皆さんも、「これ、面白い!」「こんな風に使えるんじゃないか?」なんて、閃いたことはありませんか?

地球のみんなぁ~! オラに「★」をわけてくれーっ!

もし、この物語を読んで、少しでも「面白い!」「次の展開が楽しみ!」「万桜のアイデア、イケるかも!」と感じていただけたなら、どうかページ下部の【★★★★★】ボタンをポチッ!と押して、星評価を分けていただけないでしょうか!

皆さんのその「★」一つ一つが、作者の大きな励みになり、万桜の次の「魔王案件」へと繋がるエネルギーになります!

引き続き、『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をどうぞよろしくお願いいたします!

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