荒野の逃走
傾き始めている陽差しの中を、一目散に東へ走る。
不規則に起伏のある荒野を、過酷な環境に適応して逞しく茎を伸ばす草を踏みしだき、行列をなす虫の長い往復路を粉砕し、地面の突起部から突起部へと戦利品の担架を跳躍させながら突っ走るぼくたちの行く手に、やっと街道が見えてきた。
街道に飛び出すとすぐに、直角に右に曲がって、今度は街道を走りだす。
地面を擦る担架がその後ろに砂埃を盛大に上げて、赤い砂の路面を滑走する。
曳いている戦利品の担架に載せているのは、最初に殺した山賊幹部の装備品ばかりでそんなに重たくない。
これで左腕に掛けている棒網や頭目の武器等が無ければ、もっと全力で走れる筈だ。
しかし今は一瞬も止まる気になれないし、皆も全力疾走していてなお担架を曳いてるぼくと同じくらいの速度にしかなってないから、ぼく一人だけがこれ以上速く走れるようになっても仕方ないので、このまま行く。
駆け抜けて行く街道の右側を見ると、疎らに生えている灌木や草むらで断続的に遮られる視界の向う側に、追走を始めた山賊が蹴立てる荒野の砂煙が立ちだしている。
赤い砂煙が、午後の傾きつつある陽射しに照らされ、明るい橙色に輝く。
「追って来てる!」
一言だけ、息が切れるのでそれだけ、皆へ叫ぶ。
皆がちら、ちらっと右側へ視線を遣り、警告の示す脅威の度合を確かめる。
荒野から背後の街道に敵がバラバラっと数人、走り出てきた。
荒野を斜めにショートカットしてきた。
まだ距離があるが、身軽な恰好で武器を構えて、勢いよく走って来る。
全員、尻に火が点いたように、駆け足の回転が上がった。
頭目は殺しても、まだ幹部級も二人居れば、生き残っている敵の数もこちらの三倍。
奴らに囲まれたらお終いという認識が、恐怖でアドレナリンを大量に分泌させる。
巻いた蔓草が街道に転がるのを、エコが厚革のブーツで蹴り飛ばして進む。
横目でチラッと見れば、街道の縁に溜まっていた泥の塊をマサが踏み砕いて駆けて来る。
胸は過負荷で破裂しそうだが、それもほとんど意識に上らない。
ただひたすらに、荒野に延びる一筋の固い平らな路を全力で逃げて行く。
一瞬でも躓いたら確実に転ぶ、誰もがそんなギリギリの状態で疾走を続ける。
やがて、必死の逃走が功を奏したらしく、追走の砂煙が彼方で収まって、消えた。
担架を曳きつつ先頭をひた走っていたぼくがそれを確認し、速度を緩めると、全員が状況を確認して、軽快なロング・ストライドの走行に移る。
暫くはまだ、そのまま高速で走り続けていたが、陽射しの色が濃くなってきた頃、やっと小走りにまで落とした。
そのままラクマカ北の農地が見えるまで足早に進み、小川に辿り着いた。
そこでやっと走るのを止めると、街道を逸れて、小川の中の作業場へ向かって、速足で歩き始める。
「はあ……」
まだ荒い呼吸を続けているが、そこだけ大きな溜息をつくと土盛の蔭に腰を下ろし、酷使した身を休めた。
小川の縁の斜面へ足を投げ出し、痛む足を楽にする。
「よく走ってきたものよね……」
トモコも隣に座ってきた。
すぐに寝転がって、ぐったりと身を横たえる。
背負い籠を抛りだして、その隣に滑り込むように身を投げ出したマサが、
「もう、無理だ」
「どうした?」
「腹、減ったあ」
「ああ、そういや食ってなかったな」
荒い息で日蔭にひっくり返ったマサが、ごそごそと籠を引き寄せると、壺から大蜥蜴の燻製肉を幾つも取り出して、取り敢えずといった風に一本噛みだす。
残りを皆に配ってくれたので、手を伸ばして受け取ると、口々に感謝して齧りだす。
ぼくも左腕の荷物を外して、担架の上に置くと、寝ながら燻製肉に齧りついた。
エコからは甘い香りの葉っぱが回って来た。
拙作をお読み頂き、まことに有難うございます。
作業BGM: Tangerine Dream の アルバム "The Private Music of Tangerine Dream" より、"Melrose" と "Too Hot For My Chinchilla".




