呪歌使い戦記第八十四話
「……そか、そっかぁ……。とうとう行ってまうんやね」
「はい。お世話になりました」
戦場を越えた春から数えて三回目の春。僕にも、とうとう成人の時が来た。
「まさかプイス君が旅に出るとは思わんやったわ。ルイスせんせと二人で来た思うたらえらいべったりくっついとるし、今度はプイス君一人で来た思たらえらいはよ帰ってまうしで。プイス君があの家離れることはないんやろなあって予想、ものの見事に外れたわぁ」
「二年の間に、先生もかなり落ち着きましたから。これを機に、僕も親離れしようかなと」
願いを叶える呪歌で繰り返した地獄は、先生の心に大きな傷を残した。僕の姿が見えなくなると精神が子供に戻ってしまうのだ。何処にいるか、何処に行くか、どれくらいで戻ってくるかを伝えればパニックになることもないのだが、それでもあの家に帰ってすぐは苦労した。同じ家の中にいてもあの家は広い、何処に僕がいるのかがすぐ伝わるようにずっと歌を口ずさみ続けていた時期もあったな。
「……それでも、心配がないわけではありませんけどね。朝起きた時に、僕がいないんですから。その時にどんなパニックを起こすか考えると……。そういう時に先生をなだめられる何かがあれば……ってところですかね……」
「おぉん……。何か言われてもなぁ……」
「女将さん、ただいま帰りました~」
少し大人びたソプラノが街の子供たちを連れて帰ってきた。あの春から少しお姉さんになったハーゼルだ。
「やあ、ハーゼル。お使い帰りかい?」
「プイス君、こんにちは。うん、職人街まで配達に行ってたの」
僕から読み書きを習っていたハーゼルも、今ではすっかり子供達の先生だ。週に一回はこの食堂で子供達に字を教えている。今日はその食堂学校の日だ。
「生徒もずいぶん増えたね」
「私が字を習って出来るお仕事も増えたんだもん。子供達にも教えて行かないと。あ、女将さん。これ、明日の配達の注文です」
「ん、確かに。ハーゼルも字、綺麗になったなぁ。プイス君に習い始めた時はミミズがのたうち回っとるように見えたけど、人間学ぶと変わるもんやなぁ」
「もう、女将さんったら」
ハーゼルの周りにいる子供達の目が僕を見つけたようだ。元気な挨拶が投げられる。
「プイスせんせー、こんにちは!」
「こんにちは。今日も勉強かな、ハーゼル先生の授業はわかりやすい?」
成長途中の子供達の目線に合わせてかがめば、きらきらと輝くたくさんの目は僕の目を覗き込んだ。
「うん!」
「でもハーゼルせんせ、引き算苦手」
「カーティス先生が算数教えてくれるの!」
「プイスせんせ、お歌教えて!」
なんて、子供達は口々に言う。
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