呪歌使い戦記第八十二話
その時。空気を読まない空腹の虫が鳴いた。前の宿を夜明けと同時に出たから空腹なのは当然ではあるのだが、それにしたって間が悪い。恥ずかしいな。ほら、僕の腹の虫の鳴き声を聞きつけたハーゼルが目を輝かせてる。
「あ、あのね。私もお料理、任されることになったんだ。今日、初めてお客さんに出すの。私の料理を初めて食べるお客さん、プイス君がいいな」
「……じゃあ、お願いしようかな。お昼ご飯、ここで食べて帰るつもりだったし」
「女将さーん! 注文入りましたぁ!」
ハーゼルは先生に詰め寄るカーティスさんを止めに行った。かわいそうに、カーティスさんに絞られていた先生はぐったりとしおれている。
「やれやれ……。三か月ぶりに会うカーティスは強烈だな……」
「変わっていないのはいいことですよ」
この宿場街での日常は変わらない。戦争があったにも関わらず、ここは変わっていない。対して、僕達は変わった。いい方向にも、悪い方向にも、変わってしまった。そんな僕達を、変わらずに受け入れてくれるこの場所は僕達にとっての救い。
「……この街を、この人達を、僕達は守ったんですよね」
「……ああ」
「帰ってこられて、本当によかった。先生と一緒に、帰ってこられて本当によかった」
「ああ……」
店の奥の大きな厨房で慌ただしく動き回るハーゼルとカーティスさん、カーティスさんの旦那さんの三人を眺める。何度も、何度も見て来た光景。帰ってきたのだ、やっと帰ってきたのだ。
「やっとカーティスさんのポトフが食べられますね、先生」
「王城で食べたポトフは味が濃くてどうにもな……。やはり私はカーティスの作るものがいい。やっと落ち着いて飯が食えると思ったら腹が空いて来たな」
「いっぱい食べましょう。帰ったら家の掃除をしなくちゃなりませんから、今のうちに腹ごしらえですね」
三か月ぶりのカーティスさんの料理でお腹を満たす。ハーゼルの料理もカーティスさん仕込みの腕がいかんなく発揮されていて、これならば間違いなく街の人たちにも愛される味だろう。
満腹になったところで家の鍵と包んでもらった食事を受け取る。
「ごちそうさまでした。今日もとても美味しかったです」
「そう言うてくれると料理人冥利に尽きるってやつやで。おうちの掃除が落ち着いたらいつでもおいで! うちはいつでも二人を歓迎するから!」
「ありがとう。またプイスと二人で食べに来るよ」
「その時までに新しいお料理作れるように頑張りますね!」
「次の料理、楽しみにしているからね」
宿場街唯一の食堂を後にして、街道から逸れた。この道なき道の先に、我が家が待っている。
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