呪歌使い戦記第八十話
王都を出て四日目の朝、先生の宣言通りにのんびりと辿った帰路の途中。やっと赤レンガの家に一番近い宿場街に着いた。家に帰るためにはカーティスさんの食堂に寄って玄関ドアの鍵を返してもらわなければならない。
昼食時を前にした鐘が十回、街に響く。カーティスさんの食堂もお昼の準備をしている頃、店の前には長い箒で掃き掃除をしているハーゼルが見えた。
「ハーゼル」
ただいま。そう声をかければ、目の前の少女は驚いた顔をする。
「ぷ、プイス君……?」
「そうだよ。ただいま」
見開いた色素の薄い目は、僕達二人の目を交互に見て硬直する。
「……ハーゼル?」
幽霊でも見たかのような硬直が心配になって、彼女の目を覗き込む。その瞬間、ハーゼルは箒を投げ捨てて店へと駆け込んだ。
「女将さん! 女将さ……っぎゃ!」
慌ただしい足音、そのあとの悲鳴は転んだ時のもの。赤レンガの家を出ておよそ三か月、ハーゼルのそそっかしいのは変わらずか。苦笑しきりの先生と目を合わせて、やれやれと肩を竦めた。
転んだハーゼルは怪我をしていないだろうか。心配になって食堂に入れば。
「……おかえり」
カーティスさんが、三か月前と変わらぬ笑顔で僕達を出迎えてくれた。
「……ただいま帰りました、カーティスさん」
「ただいま、カーティス」
「……ちょっと見んうちに、男前なったなぁ……」
カーティスさんの黄みがかった淡い茶色の瞳が僕を見上げてそう呟く。
「そうですかね……。自分では特に何かが変わったとは思わないのですが」
「……いっぱい、いっぱいしんどい思いしてきたんやろ。よう、よう無事に帰ってきてくれた……。ほんまよかった……!」
赤切れだらけのカーティスさんの手が伸びてきて、先生と二人揃って抱きしめられてしまう。僕達よりずっと小柄なのに、抱きしめる力は強い。
「女将さんだけずるい! 私も!」
何がずるいのかはわからないが、ハーゼルまで飛びついてきて四人で団子になる。
「何処も怪我ない? 怪我なんかしてへんやんな?」
「いててて。カーティス、左腕を掴まないでくれないか」
「痛いって怪我したんか!」
「そうです、僕を庇って怪我したんですよ。カーティスさんに怒ってもらおうと思って!」
「いやいや傷はもう塞がったから! 元はといえばプイス、お前が……」
「はい! 無茶した二人は両成敗!」
先生と二人仲良く、カーティスさんの平手を一発ずつもらう。先生は左肩に、僕は右肩に。
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