呪歌使い戦記第七十七話
「……それがきっかけなのかな。兄さんは王都から姿を消した。僕が十六、兄さんが十八の時の、ちょうど林檎の花が咲くころの話。……兄さんは今頃、どこで何をしているんだろう」
……先生の兄は、アスチルベの兄を、戦場で。先生はアスチルベの兄の件を知らない、アスチルベは竜の国の呪歌使いの正体を知らない。全てを知っているのは僕一人。
「幸せでいてくれたらいいな。本当は帰ってきてくれるのが一番だけど……」
パンにかじりついて物理的に口をふさぐ、下手なことを口走らないように。僕だけが知っていること、それをそのままにしておかなくてはいけない。
「いいなぁ。魔法使いの弟子って言うのも楽しそう」
「……魔法を使うこと自体は楽しいけど、楽しいことばかりじゃないよ」
「戦争に行かされたり?」
「人と違う力には、責任が伴う。先生は僕にも、兄さんにもそう言ってた。特に兄さんは僕よりずっと魔法が使えたし、力も強かったから」
先生の目線はアスチルベの顔に釘付け。何が気になっているのだろう。
「……ねぇ」
「なぁに? 先生様」
「どうして君は、目を隠しているの?」
アスチルベの前髪は長い、目が隠れて見えないくらい。こちらから目が見えないのだからアスチルベの視界も前髪に隠されているはず。そんな不便をわざわざ被っていることが、先生は気になったのだろう。
「ああこれ? ……先生様とプイスになら言ってもいいかな。俺ね、家族と目の色違うの。父さんも母さんも兄貴も青い目なんだけどね、俺だけ変な色で生まれちゃってさ。それで子供の頃から不気味だなんだといじめられてきたってわけ」
「変な色って、どんな色?」
「……見せてもいいけど、引かない?」
「目の色なんて、僕もプイスも変わってるよ。僕達みたいな色の目を持つ人は少ないんだ、って先生も言ってたし」
「……じゃあ……」
「……!」
長い前髪をかき分けて姿を見せたアスチルベの瞳は。思わず息を飲んだ。
「……変な色じゃないよ、綺麗な色。僕の兄さんの目に似ているかも」
「本当? だったら嬉しいな」
蜂蜜色。ここにも、蜂蜜色の瞳が。
「……俺にも、剣や魔法の才能があったらよかったのに。そうしたらこの目の色でいじめられたりもなかったかな。今でもそう思うんだ。いじめられてた俺を庇ってくれた兄貴は鍛えて、兵士になった。……俺の目が兄貴と同じ青い目だったら、兄貴が兵士になって戦場で死ぬこともなかったのかなって」
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