呪歌使い戦記第七十五話
翌朝。いつもの少し荒っぽいノック三回で目が覚めた。このノックを聞くのも、今日で最後だ。
「おはよ。プイス、先生様。朝ごはん持ってきたよ」
「ありがとう、アスチルベ」
「……先生様、どう?」
「だいぶ落ち着いているよ」
先生の精神状態はアスチルベの知るところでもある。精神が大人と子供を行き来していること、戦場から帰ってきてからこうなったということ。僕の腕の中ですやすや眠る穏やかな顔を二人で覗き込む。
「……戦争って、やっぱ酷いもんだね。先生様がこんなになっちゃうなんて。俺、本当に剣の才能無くてよかったかも……」
「戦場なんか、行かない方がいいよ。命あっての物種だもの」
腕の中で眠る癖づいた髪を撫でる。子供に戻ってしまった先生は朝寝坊が増えた。戦場へ向けてこの城を発つまでは、僕と同じくらいか少し早いくらいには起きて身支度を整えていたのに。
「先生、アスチルベが朝ごはんを持ってきてくれましたよ。そろそろ起きませんか?」
そう声をかければ身動ぎ一つ、もぞもぞと動き出した先生。薄く開けられた先生の瞳は、何処か遠くを見ている。
「先生様、朝ごはんの時間だよ。熱々で持ってきたから冷めないうちに食べてほしいんだけどなぁ」
アスチルベがそう語り掛けても、心ここにあらず。ぼんやりとした目をアスチルベに向けたと思ったら。
「……朝ごはん……? ……いらない……」
先生は朝食を食べなくなってしまった、赤レンガの家では毎朝一緒に食べていたのに。……いや、最近の先生から考えるに、朝食を食べないのが本来の先生なのだろう。朝食も食べないで朝寝坊して、それをプイス先生やラーベに怒られていたに違いない。そして仕方のない奴だと笑われて、世話を焼かれてきたのだろう。その証拠に、甘えん坊の顔が僕を見上げている。
「……本当に仕方のない人ですねえ、先生は。ほら、朝ごはん食べますよ」
先生を布団から連れ出して、アスチルベが用意してくれた食卓に着く。
「先生様が好きだって言ってたポトフだってあるんだから、いっぱい食べてね~」
たっぷりの野菜を煮込んだポトフの他にも、油がはじけるほどにこんがり焼かれたベーコン、香草をふんだんに練り込んだソーセージ、焼きたての白いパン、贅を極めるという言葉はこの食卓を指すのだと理解出来るほどに、豪華な朝食が並んでいた。
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