呪歌使い戦記第七十三話
いつの間にか、眠っていたらしい。先生に揺り起こされて目を開けたら、太陽が丘を薄橙に染める頃だった。見慣れた蜂蜜色の瞳が僕の目を覗き込んできて、優しく微笑んでくれる。
「いい夢を見ていたようだな」
夢なんて見たっけ。はっきりとは覚えていない。夢なんて大体が目覚めたと同時に記憶から薄れていくもの。どんな夢を見たか、なんて酷く朧気だ。
「いい夢……だったんでしょうか。ああでも……誰かに頭を撫でられたような気はします」
「そうか。そろそろ帰ろう。アスチルベに伝えていた時間よりずっと遅くなってしまった。心配させてしまっているだろうな」
あくび一つぽっちでは目覚めたばかりの眠気は消えてくれない。王城へと戻るうちに消えるだろうか。
「先生、お荷物お持ちします」
「これくらい平気だとも」
「ですがその左腕は」
「侍医殿に今朝診ていただいただろう。傷も塞がって、開く心配はない。あとは元通りに動くようになるまで訓練が必要だと言われたばかりだ。いつまでもお前に甘えているばかりでは師として立つ瀬がなくなってしまう」
「……僕のせいなのに」
「弟子を守って負った傷など、私からすれば名誉以外の何物でもない。この傷は私の勲章だ、お前を守り抜いてあの戦場を生き延びた証だ。断じてお前のせいなどではない。さあ、帰ろう」
そう言って先生は鞄を左手に提げて、丘を下って行った。おいて行かれるわけにはいかない、先生を追いかけて丘を下ろうとした時。何かに袖を引かれた気がした。振り返っても誰もいない、ゆったりと広がったローブの袖をひっかけそうなものもない。じゃあ、何が。視線の先には、薄橙の夕日に染まったプイス先生の墓標しかない。
瞬間。突風が吹きつけて白い枝が悲鳴を上げる。風に舞い上げられた白い欠片は空で夕日を照り返して、星を思い起こさせる。それにつられて思い出したのは、プイス先生の星色の髪。
「……ありがとう……ございました……」
林檎の木に向かって、頭を下げる。秋には知恵の実をつけるだろう木は、何も言わずにただ僕を見つめていた。
「プイス、どうした。行くぞ」
「は、はい! 今行きます!」
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