呪歌使い戦記第七十二話
風に揺れる枝を見上げてしばらくすれば、先生はおもむろに鞄から油紙に包まれた何かを取り出す。
「……先生。僕達の願いは叶ったよ。僕は、プイスとあの家で暮らしていく。今度は、先生の願いが叶う番」
プイス先生の願い。決戦前夜にプイス先生から託された「願いを叶える呪歌」の封印。私の墓にでも埋めてくれ、プイス先生のその言葉を僕達は今叶えようとしている。
「……今回は、今回ばかりはこれを持って行かなければならない。誰かに頼まれてももう二度と見たくもないこれを、私は鞄に詰めなければいけない。そう思ったのは、ただの偶然ではないのだな」
林檎の木の根元、二人で穴を掘る。誰も掘り当てることのないように深く深く穴を掘って、油紙に包んだ「願いを叶える呪歌」の研究書を土の中に封印した。
「……これで、全て終わったのですね。これで、何もかも……」
「……長い悪夢……だったな……」
先生と二人、根元にお尻をつけて座り込む。長い調停の会議は終わった。もう王城に留まる理由もない、明日の朝には城を出ることになるだろう。帰ったらまずは掃除をして、夕食も作らないといけないな。カーティスさんの食堂には絶対に寄るから夕食になるものを包んでもらってもいい。帰っても忙しいなあ。
「……プイス。これからお前はどうする」
「これから……ですか? あの家に帰って、まずは掃除を……」
「違う。お前はもう十六、あと二年すれば成人だ。成人したとき、お前はどうするつもりだ? あの家で薬の研究でもするか? それとも……あの家を出て、旅でもするか?」
僕の未来の話。二年後の話。……どうしよう、何も考えていなかった。地獄の中、あの戦場を越えた先を考えるなんて出来なかった。どうする、なんて聞かれても、すぐに答えは出せない。
「……わかりません、成人してからどうしたいかなんて……。考えたこともなかった、が正しいかもしれません」
「成人まであと二年ある。お前はお前のやりたいようにしなさい。……お前が望むなら、あの家で暮らすことだって」
「……」
あの家で薬を作り続ける、今までと変わらない生き方。旅に出る、きっとたくさんのことを学んで、たくさんの人と出会って。旅先で僕も弟子になる子供と出会うかもしれない。旅をする人生、楽しいかもしれない。でも、僕が旅に出たら先生は? 先生が、あの赤レンガの家で独りぼっちになってしまう。……僕は、どうしよう。どうすればいいのだろう。何も思いつかない。
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