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呪歌使い戦記第六十六話

「今回の戦場こそ何もない草原になりましたが、あのまま竜の進軍を許せば農村が、畑が戦場になったやもしれませぬ。畑が戦場になれば農作物は踏み荒らされ、農民が食うに困る。農民に税を納めてもらって生活の出来る我々貴族とて、王都に住む民草とて、畑が荒らされるのは無関係ではないのです。そうなれば、苦しむ民は今よりも数が増えたでしょう」


 僕達が竜の国を止められなかったら。仮定を考えて背筋に冷たいものが走る。


「戦を率いる指揮官として口にするのは憚られますが、私は戦が嫌いでございまする。我々は有事を想定し、日々訓練をしておりますが、その想定した有事など起きない方が良いのです。戦などしない方がずっと民草のためになる。貴方様の世話役になったアスチルベの兄も、此度の戦に散りました。戦さえなければあの兄弟は今も仲睦まじくこの城で仕えていたでしょう」


 銀の将軍が着込む鎧は鏡になりそうなほど、丁寧に磨かれている。あの混戦を生き延びた小さな傷もわからないくらいに丁寧な手入れが施された銀の鎧は、満月の光を照り返してまばゆく輝いている。


「……それは、敵国であろうと同じこと。戦に命を散らすものを、出してはならぬのです。あの戦場で私は敵国の兵を一人でも減らすことより、自国の民を守ることを優先しただけのこと。我が軍の兵にも帰れば家がある、家族がある。それはどの国の兵も同じ。プイス殿が対峙した竜の国の魔法使いとて、帰るべき家がありましょう。帰りを待っている家族もいたはずでしょう。私の価値観において、プイス殿は最善の選択をなされた。戦場に散る命を一つ救われたのです。それは十分、英雄の称号を与えられるにふさわしい結果にございますれば」

「……」


 そう、あの竜の国の呪歌使い……ラーベにも、彼の生存を望む人がいた。リーラローゼと名乗った軍医の瞳が脳裏を過ぎる。

 彼は、リーラローゼは。ラーベの帰還を願う人の一人だった。でも、僕は先生を救うための繰り返しの中、何度もラーベの命を奪ってきた。僕が繰り返した分と、先生が繰り返した分。その回数だけリーラローゼはあの戦場で友の遺体を、ラーベの死を見届けてきたはずだ。僕があの悪魔の禁忌に触れる決断をしなければその回数は今よりずっと少なかった。それでも僕は悪魔の禁忌に己の意思で触れた。リーラローゼの悲しみは筆舌に尽くしがたいだろう。……その中で、ラーベが生き残る結末を掴み取った。それは僕の選択によるものだ。その結果、今まで出会うことのなかったリーラローゼが僕を探し出して、ラーベの行方を聞き出そうとした。


ここまで読んでくださりありがとうございます。

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