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呪歌使い戦記第六十四話

 アスチルベに促されるまま湯浴みと着替えを済ませて、王族や貴族の集う晩餐会に出た。たくさんの人と囲むテーブル、カーティスさんの食堂と同じような形なのに全然違う。こんな場での作法なんて知らない。緊張で手が震えてしまう。

 隣に座った先生は緊張した様子なんてない。平然とした顔をして、貴族達と言葉を交わしている。……こうして聞いてみると、先生の言葉って綺麗だな。宿場街の大人達が言うように、貴族達が使っているものとほとんど同じ言葉だ。本当に王都で生まれ育ったんだ。この王都の何処かに生まれて、プイス先生と出会って。この王都の何処かで育って、プイス先生やラーベと別れて。

 プイス先生って、本当にすごいひとだったんだ。鯨の国出身なのに獅子の国に来て、夢の中で会った時は綺麗な獅子の国の言葉を喋っていた。先生の言葉遣いの基になった人だ、獅子の国に渡ってきてどれだけの苦労を重ねたのだろう。言葉の違う国で言葉を学びながら人々を救って、弟子二人を育てて。その勤勉さに賢者と呼ばれるのも納得がいく。知恵の意味を持つ名前に恥じない生き方をした人。

 同じ名前を持つ僕は? 僕にはプイス先生のように何かを背負って生きるなんて、英雄と呼ばれることを受け入れられない。


「いやはや、賢将とお呼びする他ありませんな」


 考え込む僕をよそに、大人達の話は進んでいた。我に返って耳を澄ませても今何の話をしているのかがわからない。先生に助けを求める視線を向けても貴族達の話に耳を傾けていて僕の目線に気付いてくれない。


「ええ、ええ。まさに。そのお言葉も至極まっとうでしょう」


 賢将と呼ぶ他にない、その言葉は正しい。誰のことを指しているのだろう。そう思っていたら。


「我が弟子を賢将とお呼びいただけるとは、師として光栄に存じます」


 先生の言う弟子が、賢将。つまり、賢将と呼ばれているのは僕……?


「ま、待ってください。僕が賢将だなんて」

「ずいぶんと謙虚なことで。胸を張りなされ、賢将殿。貴方は此度の戦争における英雄ですぞ」

「ぼ、僕は……」


 だめだ。反論しても意味がない。余計に大人達が盛り上がるだけだ。娘婿に、などと言い出すものまで現れた。何を勝手に。僕は呪歌使いの弟子として、草原のど真ん中で先生と静かに暮らしたいだけなのに。


「この子はまだ修行中の身であります。あまりからかわないでやってください」


 そう先生は貴族達を制したが、勝手な貴族達は勝手な話で盛り上がっていく。


「……」


 僕以外が口にするワインは、大人達の気を大きく、ひどく饒舌にさせた。その饒舌さを受け止める胃が重い。初めて口にするような豪華な料理も味気なく、喉を通らない。英雄って、こんなものなんだ。こんなに肩身の狭い思いをするんだ。

 助けを求めるように、テーブルの下で縋り付いた木彫りの蹄鉄は何も答えない。ただ革紐のささくれが、これは現実だぞと僕の肌を刺した。


ここまで読んでくださりありがとうございます。

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