呪歌使い戦記第六十二話
一週間ぶりの王都はとても賑わっていた。あの竜の国に打ち勝った英雄達が誰一人として欠けることなく凱旋したのだから。街の人々が笑顔で歓声を上げ、兵士達が笑顔で手を振り返す。その光景は一度見たことがある。その時は、僕の隣に先生はいなかった。何十、何百もの命が散った後だった。
「どうした、プイス。難しい顔をして」
繰り返してきた過去、何度もあの戦場に散った声が隣から聞こえる。
「いえ、先生。何でもありません」
「ならば前を向きなさい。城に戻ればまずは国王陛下への謁見だ、暗い顔をしていてはいけない」
「はい……」
縋るものを探して、右手の指先は左手首に行きつく。真新しい皮のちくちくとした感触が、今目の前にしている光景が夢ではないと告げている。アスチルベに持たされた木彫りの蹄鉄を結び付けた革紐の感触だ。そうだ、アスチルベ。ラーベが、竜の国の呪歌使いが戦場から逃亡した故の勝利という伝令は既に王都に届いている、アスチルベも耳にしているはずだ。アスチルベはこの結末をどう思うのだろう。会うのが、少し怖い。
「プイス、先生様、おかえり」
国王への謁見が済んだ僕達を、アスチルベは穏やかな顔で迎えてくれた。相変わらず目は長い前髪で隠したまま。
「……ただいま……戻りました……」
「聞いたよ、獅子が勝ったって。大活躍だったらしいじゃん。……よく帰ってきてくれたね」
払ったとはいえ、砂や血で汚れたローブを身にまとう僕。見てくれでそれはわかるのに、アスチルベは何の躊躇いもなく抱擁のために腕を伸ばしてきた。
「汚れているよ」
「それはプイスが頑張った証拠じゃん。ちゃんと帰ってきてくれて嬉しいよ」
僕より背の低いアスチルベ、常日頃から宮仕えの力仕事もしているせいか力が強い。そんな彼の抱擁は少し苦しかった。でも、悪い気はしない。
「ああ、本当にプイスはよくやってくれた。プイスがいなければ今頃どうなっていたか、私の怪我も左腕だけで済んでいたとは思えないな」
先生の怪我はラーベの槍で貫かれた前腕の傷一つ。軍医曰く神経も血管も傷付けることなく突かれたのは幸運だったとのこと。そのおかげで回復にそう大した時間がかかるものではないらしい。でも。
「でも、その怪我は」
「確かにこの傷はお前をかばったが故に出来た。だがこの腕一本でお前を守れたのだぞ。お前の命を私の腕で買ったと思えば安いものだ」
「……」
「あーもう、そんな暗い顔しないの。プイスが手当したおかげで皆の傷も回復が早いって話じゃん? 英雄がそんな暗い顔しないの」
「僕は英雄なんて……」
眉尻が下がるまま視線が下がれば、アスチルベの前髪に隠された目と視線がかち合う。僕の背中に回されていたアスチルベの腕が緩んだと思えば。彼の手は僕の両肩をぱん、と叩いた。
「あのさあ。あんたは死神なんて呼ばれてた魔法使いを退けて、死者ゼロで戦争終わらせた奴なんだけど。それが英雄じゃないってんなら、一体誰が英雄だって言うのさ」
「そ、それは……」
「いいじゃん。誰一人死なずに済んだんだから。プイスだって先生様だってちゃんと帰ってきた。帰って来られただけ、まだましじゃん」
そうだ。アスチルベのお兄さんは。
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