呪歌使い戦記第六十一話
「……すまない。貴方方にとっては関係のない話だった。……これで失礼する」
そう言い残して去ろうとする竜の国の軍医。
「あ、あの!」
彼の背中に、声を投げた。分厚い上着に覆われた大きな背中がぴくりと揺れて、濡れた瞳が振り返る。
「……先程はすまなかった、手荒な真似をして」
「あ……いえ、その……謝ってほしいわけじゃなくて……」
この人の瞳、見ていて胸がざわつく。何だろう。何が僕の胸にさざ波を立てるのかはわからない。
「私に、何か?」
「えっと……その……」
長い下まつ毛に縁取られた色素の薄い瞳が僕の目を射抜く。見つめていると背筋に鳥肌が立つような気さえしてくる。
「……ごめんなさい。何でも……ないです……」
「……そうか。それでは今度こそ失礼する」
剣を提げた医師は荒れた草原を東に向けて歩いて行った。それを見送った先生が僕に目を向けた。
「プイス、怪我はないか」
「は、はい……」
あの人の瞳。リーラローゼと名乗った男のあの瞳は。
「……先生。彼の瞳……」
「……ああ。私も見た」
「……彼も、魔法使いなのでしょうか」
黄みがかった茶色の瞳、色素の薄い瞳。あの目の色は確かに蜂蜜色と言える色をしていた。ならば。
「さあ、どうだろうな。私にはそもそも師に巡り合えなかったものに見えた。それでいい、魔法など無くとも彼は腕の良い医者だろう。世の中は魔法が無くとも回っていくのだから」
「……そう……ですか……」
「さ、早く手当てに戻ろう。皆命に別条のない傷とは言えど放っておいてはいけない」
彼は、竜の国の軍医は、ラーベの生存を祈っている。でも、王城に帰ればアスチルベがいる。ラーベの死を望んだアスチルベがいる。仇なんか討たなくていいって言っていた、最終的にラーベの死は望まないような言い方をしていた。本心では、どう思っているのだろう。
……僕の選択は正しかったのだろうか。獅子の国の民はこの結果に納得するのだろうか。先生は、どうだろう。未だ消えない涙の跡はこの選択が大きな傷を残した証拠。プイス先生がこの結果を聞いたら? 納得するだろうか。あの夢の中で、弟子二人が生きてさえいれば、そう言っていた。……僕が、そうは思えない。もっと、もっと良い選択があったのではないだろうか。先生、僕はどうすればよかったのでしょう。プイス先生、僕はどうすればよかったのでしょう。答えの返ってこない問は三日三晩、王都へ凱旋するまで続いた。
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