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呪歌使い戦記第六話

 次に目を覚ました時。窓の外はすでに明るかった。太陽の位置からして、晩秋の遅い日の出を告げる教会の鐘が鳴って一時間したくらいだろうか。ここは、先生の部屋。古い紙とインクの匂いに満ちている。昨日の晩、居間で居眠りしていた先生をここに運んで、一緒に寝たのだっけ。隣に眠っていたはずの先生はいない。布団に体温の名残すら無い。

 夢は見なかった。夢は僕に先生を守る術を教えてはくれなかった。ぎっしりと詰まった本棚がいくつも肩を並べる部屋を、寝起きの頭でぼんやり眺めた。

 僕はどうすればいいのだろう。いくら考えても知恵は出てこない。知恵の意を持つプイスの名を与えられたところで、僕に大切な人を守るための知恵なんて無い。僕に、もっと知恵があったなら。のそのそとベッドから這い出て、本棚に手を伸ばす。先生の本、たくさんの呪歌が集められたいわゆる魔導書。僕はこの魔導書たちのすべてを教わってはいない。僕の知らない知恵は必ずここにある。古い知恵の塊、今の僕にとっては宝の山。夢中で片っ端から目を通した。火を起こす呪歌、瞬間移動の呪歌、天候を変える呪歌……。一冊、二冊。僕の求める知恵は見つからない。次の本へ手を伸ばす。


「プイス、起きているか?」


 扉の外から呼びかける先生の声にも気付かなかった。必死にページを繰る僕の肩を叩かれて、やっと先生が僕を起こしに来たのだと気付く。


「なんだ、こんなに散らかして。読むのはいいが、読んだものは先に片づけてから次を読みなさい。それと、朝食が出来ている。冷めないうちに食べてしまうように」

「は、はい」


 昨日はあんなに冷たく聞こえたテノールも、一晩明かせばいつも通り暖かいものに戻っていた。本当の親を知らない僕の父親代わり、僕の魔法の先生。戦争に行ってしまう先生を、何としてでも守りたい。一日の仕事を終えて眠くなるまで、眠くならなければ本を自室に持ち込んでまで新たな知恵を求めた。

 そうして四日目の晩。やっと欲しかったものを見つけた。題して防護壁の呪歌、術者の目の前に見えない壁を張る呪歌だ。初めて見る呪文と旋律、これならば、自身を守る術になる。先生だって守ることが出来るに違いない。戦場に立つ日までに、ものに出来るだろうか。とにかく、練習あるのみ。

 次の日から防護壁の呪歌の練習を始めた。目の前に見えない防護壁を張る故に呪歌が効力を持っているかは、僕の目ではわからない。だからこそ必死に練習した。この歌声が、この呪歌が、己を、先生を守る術になることを祈って。

 練習を重ねに重ねて二ヶ月が過ぎただろうか。僕の誕生日を迎えて、冬至の儀式も終えて。遥か遠い春を待つばかりのある日、とうとう獅子の紋章が入った手紙が届いた。獅子の国の王からの、招集の手紙だ。先生が、行ってしまう。明日にでも戦場に向かうべくこの家を発ってしまう。


「先生、お願いがあります」


 その日の夕餉を終えた直後。皿を下げる前に先生と向き合う。


「何だ」


 返された声は酷く冷たかった。


「僕を、戦場へ連れて行って欲しいのです」

「……お前は、もう少し聞き分けのいい弟子だと思っていたぞ。何度言えばわかる。子供が戦場に立つものでは無い」

「僕は! 防護壁の呪歌を身に付けました。自分を守る術を身に付けました。十六の誕生日も過ぎました、少なくともあの報せを受け取った時の僕ではありません。成人の十八にはまだ及びませんが、それでも戦場に立つ資格くらいは得たと思っています。お願いです、僕を戦場に連れて行ってください。戦う覚悟も、死ぬ覚悟も出来ています。ですから……!」

「……」


 頭を下げて懇願する。戦う覚悟も死ぬ覚悟も出来ている、その言葉に嘘偽りはない。先生を守るためならば、僕は。

 長い沈黙。それを打ち破る声を待った。


「……お前は、本当に仕方のない奴だな。……そこまで言うのなら、お前の力量を信じてみよう」


 呆れたような、諦めたような声。それでも。


「出立は明日早朝。今夜中に荷物をまとめなさい。この家に、帰ってこられない。その覚悟もしておくように」

「! ありがとうございます!」


 認められた。先生に、認めて貰えた。期待に恥じぬ働きをしなければならない。鞄に、路銀用の僅かな銀貨と、防護壁の呪歌を収録した魔導書だけを詰め込んだ。


「……随分と簡素な荷物だな?」


 翌朝。僕の鞄の中身を見て驚いた顔をする先生。僕はこの家に帰ってくるつもりでいるのだ。これ以外必要なものなんてない。


「まあ良いか。……プイス、お前にこれを」


 出立直前、何かを手渡される。布だ。分厚めに織られた黒い布。広げてみれば、それは魔法使いのローブだった。たっぷりと広がる裾と袖には、金糸で魔除けの紋様が刺繍されている。


「これは……?」

「……お前が、私の元を離れ独り立ちする時のためにと先んじて誂えてあったもの。今、渡しておこう」

「ありがとう、ございます……」


 今羽織っている上着を脱いで、今受け取ったローブを羽織る。今の僕のために誂えられたかのように袖丈もちょうどいい。


「……行こう。まずは王都を目指す」

「はい!」


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