呪歌使い戦記第五十三話
永遠にも思える風の中、背中に衝撃。しかしその衝撃は想定よりもずっと柔らかいものだった。
「……先生……?」
目を開けて、真っ先に見えたのは見慣れた蜂蜜色。先生が、落ちる僕を受け止めてくださったのだ。
「先生……先生……!」
「間に合ってよかった、間に合ってよかった……! すまなかった、独りにして……!」
吹雪く上空、先生の腕に抱きしめられる。僕を助けてくれた。雲の上から落っこちてきた僕を助けてくれた。諦めないでいてくれた。僕と生きる未来を、諦めないでいてくれた。
「怖かっただろう。私と兄さんの間に割って入って、呪歌を向けられたのだから」
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「私こそすまなかった。ありがとう、私の為に戦ってくれて……」
ローブを掴んで縋り付く。先生は僕を諦めないでいてくれた。それなのに僕は僕自身を諦めてしまった。どうしようもない恐ろしさに今更視界が滲む、しかし今は泣いている場合ではない、僕達はまだ戦場のど真ん中にいる。早く、早くこの状況を何とかしなければ。
「先生、お願いです。力を貸してください!」
「もちろんだとも。私達は独りではない、二人だからこそ出来ることがある!」
二人、声をそろえて呪歌を歌う。テノールのユニゾンが願うのは晴れ渡る空、厚い雲を裂いて太陽が顔を覗かせる空。
「これはこれは、獅子の国の呪歌使い殿。お早い復帰で」
晴れ間乞いの呪歌を歌うさなか、竜の国の呪歌使いが姿を見せた。
「一人が二人に増えようと同じこと、私の呪歌を塗り替えようと同じこと。何度でも塗りつぶして嬲り殺してくれるわ!」
晴れを呼ぶか、吹雪を呼ぶか。僕達二人のテノールを掻き消さんばかりに竜の国の呪歌使いは声を張り上げる。二つの呪歌が効果を打ち消しあう。雪は止んだ。これ以上の変化は望めない。ならば、今が動く時!
守りから一転、攻めに回る。攻撃は最大の防御なり、銀の将軍の言葉。反撃だ。ありったけの声量で風を呼ぶ、呼んだ風を草刈り鎌にして鴉の風切り羽を断つ。避けられた。次! 銀のナイフで懐へ飛び込む。槍が胸を狙う。ナイフは囮、本命は目くらまし! 炸裂する光球が網膜に張り付けばなかなかしぶとい。……いない。目の前にいたはずの呪歌使いがいない。ラーベは何処、何処へ行った。
「後ろ!」
叫ぶようなテノール。そうだ、ラーベは瞬間移動の呪歌を使える。それを失念していた……!
振り向いてナイフで迎え撃とうとした時。あの赤い槍を持った影と目がかち合った瞬間、僕の目の前に黒い花びらが、先生のローブが乱入する。
「くっ……」
背後を取られた僕をかばって、先生が。先生の左腕に、あの赤い槍が。
「先生!」
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