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呪歌使い戦記第五十二話

 僕を狙って放たれる呪歌を避けながら考える。そもそも今の僕が窮地に陥っている原因は何だ。雪のせいだ、吹雪が視界を奪って何も見えないのが原因だ。ではその雪は何処からくる。空を覆う雲から降ってくる、僕はその下にいるから降ってきた雪に視界を奪われている。ならば……!


「竜の国の呪歌使いよ! 雪に隠れてないで出てこい! 真の腰抜けはお前だ!」


 この声が届いているかはわからない。届いていようが届いてなかろうが、僕が動けば必ずついてくるはず。

 地上の全てを置き去りにして、雲の上を目指す。高く、高く、高く。あの分厚い雲を越えて高く、雪雲の中を突っ切って空へ!

 生身で突っ込んだ雪雲の中は真っ白だった。深い霧に覆われているよう、その中をかつてない最高速度で飛べば、顔に小さな氷の粒が当たってかすかな痛みを生じる。冷たい空気の中、耳が痛い、鼻が痛い、指先が痛い。まつ毛に霜がついて凍り始めた。服や髪にだって雪がへばりついて熱を奪う。そんなものを気にしている余裕はなかった。後ろから強大な殺意が迫ってきているのだから。

 白い視界が明るくなり始めた。もうすぐだ、もうすぐで……! 白、一転して、蒼。何処までも、何処までも広がる白と蒼の地平線。雲の上だ。僕は今、雲の上にいる。狙い通り、狙い通りだ。雲の上なら視界は遮られない!


「ほう……考えたな……。確かに雲の上ならば雪が視界を奪うことはなかろう」

「ここならば、邪魔は入らない。ここで決着をつけよう。獅子と竜、どちらが上かを!」


 ハーゼル、ごめん。ハーゼルからもらったハンカチで銀獅子のナイフを右手に固定する。手が冷えてナイフが上手く握れなくなってきた。こんなことに使ってごめん、必ず帰って直接謝るから……!


「お前の機転だけは褒めてやろう。だが勝つのは竜だ! 獅子の喉笛を切り裂いてやる!」


 再び、呪歌による切れ間のない攻撃が僕を襲う。見えているなら何の問題もない、一つ一つ対処するまで!

 迫る火の玉、焚火に大きな氷を放り込めば消える。音の刃、調の合う音を合わせればその旋律は人を癒す。黒曜石はガラスみたいに融かしてしまえ! 狙い通り! 傷一つない僕に鴉は吠える。


「小賢しい真似を!」


 赤い槍が直接僕を狙う。流石は鴉、速い。縦横無尽に飛び回っては僕を翻弄する。振るわれるたびに赤い軌跡を描く一条の槍は確実に僕へと迫る。死神の槍を追い払おうと躍起になるは銀獅子のナイフ。


「くっ……!」


 かじかんだ手では全体重をかけた一撃を上手く受け流せない。先生よりも体格のいいラーベに力で、接近戦術で敵うわけがない。きつく結んだはずのハンカチがほどけてきた。だめだ、競り負ける……!


「うわっ!」


 体勢を崩した! そんな、こんなところで! 視界が蒼一色になったと思ったら白い海に落っこちる。無様に仰向け、下から吹き付けてくる雪混じりの風を見送って厚い雪雲を突き抜けた。

 未だ吹雪く戦場の空を真っ逆さまに落ちていく。このまま落ちてしまえば、その先はわかりきっている。その先が酷く他人事のように思えて仕方がない。ここで死んでも、どうせ。心の何処かにそんな考えがあるからだろうか。想定される痛みと衝撃に備えて目を閉じる。僕にしては善戦した方だ、これを次に繋げなくてはならない。先生、ごめんなさい。カーティスさん、ハーゼル、ごめんなさい。アスチルベ、ごめんなさい。プイス先生、ごめんなさい。神の御手って、どんなところかな。


「プイス!」


ここまで読んでくださりありがとうございます。

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