呪歌使い戦記第五十一話
全てをなぎ倒さんばかりの声量で響き渡るバリトン。そのバリトンが呪歌の旋律を唱えだした。次に僕を狙うのは刃と化した氷の礫。火種の呪歌で打ち消そうとしたが向こうの速度が速すぎる、呪歌では間に合わない!
「どうした! 我が師プイスの名を騙る呪歌使い! お前もやはり腰抜けか! 戦場にあって殺す覚悟もない小童が! 私を殺してみろ! 殺意をもって私を殺してみせよ!」
胸元に忍ばせた銀獅子のナイフを取り出す。呪歌が間に合わなくても物理的に弾いてしまえば……! 一、二、三! 三つ弾いた! 砕けた氷の破片が頬を打つ。迎え撃った銀のナイフによって殺された勢いでは肌を傷つけることすら出来ない。
「……僕に、貴方は殺せません。殺す理由がない、生かす理由がある。でも、貴方にも僕は殺せない。貴方に僕を殺す覚悟がない!」
「戯言を……! 糞餓鬼に、私の何がわかる! 殺す、絶対に殺してやる! この槍の錆にしてくれるわ!」
無慈悲なまでの魔法の雨。火、氷、風、黒曜石、様々な魔法が襲い掛かってくる。それを一つ一つ丁寧に対処して、時にはナイフで弾いて。何時まで経っても傷一つつけられないことに怒り狂った鴉の、攻撃の手が止まる。しかし呪歌を唱える口元は止まらない。何だ、何の呪歌が飛んでくる。聞こえる呪歌に向けて澄ませた。
耳が次第に痛くなってくる。冷たい風に冷やされて痛い。耳の痛みに気を取られていたら、風がびょうびょうと唸り声を上げていた。その風に雑じりだした小さな白い破片。吹雪を呼ぶ呪歌だ! 戦場の空気が一気に冷える。耳や鼻、指先が冷えて痛くなってくる。そんなことを気にしていたら視界が真っ白になって、腕を目いっぱい前に伸ばしても指先が見えない吹雪の中に閉ざされてしまった。
どうすれば、どうすればいい。こちらから向こうへ仕掛けるなんて出来ない。敵対する呪歌使いの歌声だけが、風の音に混じってかすかに聞こえるだけ。歌声の方向から呪歌は飛んでくる。それさえわかっていれば何とかなる、はずだった。
「うわっ!」
攻撃を避けられるのは、当たる寸前になってから。僕の視界に入ってくるのが、当たる寸前になってから。これでは避けられない。避ける間もなく当たってしまう。逃げなくては。でも、何処へ。右も左も、北も南ももうわからないのに。
何処へ、何処へ逃げればいい。焦りが足元に穴を空けた。ふわり、浮遊感。集中を欠いた。落下している! そう気付くまでは一瞬だった。地上へと吹き付けるはずの雪が僕へと吹き付ける。復帰しなければ、あの赤レンガの家の屋根よりもずっと高いところにいたのだ。復帰しなければ手首を痛めるよりずっと酷いことになる。飛べ、飛べ、飛んで! 宿場街で掴んだあの感覚を思い出す。鴉が滑空して、再び羽ばたき始めるあの感覚! ぐんっ。地面衝突すれすれで体が持ち上がる。成功した! そのまま刃を交える獅子と竜の軍勢の中へと突っ込む。低空飛行で地面すれすれを飛んで、兵士達の入り乱れる中を飛び進む。
落ちたはずの僕を追ってはこない。不気味だ。あの呪歌使いは何を考えている。剣を槍を交える地上から少し高度を上げれば、また聞こえてくるバリトン。相手は僕の位置を把握している、一体どうやって。僕を狙う呪歌の一つ一つが鋭い殺意に溢れている。こちらが相手を視認出来なければ勝ち目はない。この吹雪さえどうにか出来れば。手段は全く思いつかない。一体どうすれば……!
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