呪歌使い戦記第五十話
「先生!」
どんより黒い雲のそば、風に舞う花びらのような二人に近づけば。あらゆる呪歌をかつての兄へと向ける先生と、それを防ぐ一方の竜の国の呪歌使い。これまでに見てきた戦場とは全然違う。今までは竜の国の呪歌使いの強さに先生が圧倒されてきた。でも今回は竜の国の呪歌使いが押されている。だめだ、このままでは先生が!
「……プイス、何をしている。そこをどきなさい」
「嫌です! それでは、先生が!」
二人の呪歌使いの間、鴉の名を持つ呪歌使いをかばうように、先生の前に立ちふさがった。
「小僧、何の真似だ。我らの戦いに水を差すつもりか」
「先生、お忘れですか。先生が、あの呪歌使いを生かしたいと……兄弟子を生かしたいと僕に言ったではないですか」
「……どきなさい。さもなくばお前ごと……」
「下らん。そこをどけ、童。どかなければお前の師ごと消し炭にするまで」
前後から呪歌の詠唱が始まる。僕に許された時間は数秒。ここを動くつもりはひとかけらもない。ただの無謀な賭け。それでも二人に兄弟殺しの罪は犯させない!
二つの呪歌が僕の目前に迫る。先生の放った黒曜石のナイフと、鴉が放った火の玉が、僕を狙っている。大丈夫、落ち着いて防護壁の呪歌を唱えれば。黒曜石のナイフは防護壁に弾かれて砕け落ち、火の玉もその熱量の行き場を失って消え去った。
「ぷ……プイス……」
震えるは先生のテノール。信じられないといった形相で僕をにらみつけている。
「何故、何故避けなかった……。何故……何故私は……ああ……!」
先生が正気に戻った。戻ったが今度は我を失った自分が何をしていたかに気付いて錯乱し始めた。こうなっては危険だ、今すぐどこかへ逃がさなくては。
「先生、逃げて! 早く本陣へ! ここからは僕が!」
動揺する先生に背を向けて、竜の国の呪歌使いへと向き直る。
「ここからはこの僕、プイス・キャンウィール・ジュニアがお相手つかまつる! ルイス・キャンウィールを師にして、偉大なる大師匠プイス・キャンウィールの名を継ぐ、魔法使いが一派、歌うものキャンウィールの名の後継者なり!」
向かい直った鴉はぴくりとも動かない。鋭い目の上、眉間に深い皺を寄せて僕を凝視している。何が、何があった。
「………………偽物が……貴様があの人の名を騙るなぁぁぁ!!」
鴉の、いや、獣の咆哮にも似た呪歌が戦場の空気をびりびりと振るわせる。飛んできたのは無数の風の刃。こちらも風の刃で対抗する。同じ力の呪歌をぶつけ合って勢いを相殺すれば僕までは届かない。
「小僧だけは生かしておいてやろうと思ったが気が変わった。殺してやる……殺してやる……! 竜の名に恥じぬ残虐さをもって殺してやる! 苦しみなく神の御手へ還れると思うなよ!」
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