呪歌使い戦記第四十九話
「アーティ、アーティチョーク。お前、血迷ったか」
アーティチョーク。誰かに語り掛ける口調からするに人の名前。その名前に心当たりはない。しかし、その名が指す人物はわかる。
「……」
「取るに足らぬような底辺にいた俺達を拾い上げてくれた人の名を、まさか己の弟子に与えるとは。なあ? ルイス、いや……アーティチョークよ」
先生の手はぶるぶると震えている。表情は見えない。手の震えの原因が怒りか恐怖かは、僕にはわからない。
「待ってください。そのアーティチョークの名が先生を指すことは僕にだってわかります。ですが、先生の名は」
「何だ、お前は何も知らんのか。お前にもあるだろう、人としての名が、親に与えられた名が。その男の人としての名がアーティチョークだっただけのこと。生まれついての孤独をその名に背負った哀れな男よ」
乾いた手が、ぎりぎりと音を立てる。これ以上、これ以上ないくらいにきつく握り拳を作った時の音。その音は、先生の右手から。
「生みの親にすら愛されなかった証をその背中に残して、唯一愛してくれた人の名を弟子に与えて。お前は何と寂しい奴だろう。未だ雨の日には背中に残された痕が疼くのではないか? 春を売っていたという母親が、お前を殺そうと肉を抉った傷痕が」
先生の背中。そういえば、何度か目にしたことがある。背中の、あばら骨のある辺り右側。大きく鋭利な何かが刺さったような大きな傷跡。熱を出して寝込んだ時に着替えを手伝った時にそれを見た記憶がある。
「アーティ、アーティチョーク。何と哀れな男だろう。生みの親からその生を祝福されず、あまつさえその命を実の母に奪われかけた。それを助けた先生さえも理不尽に奪われ、先生に助けられた命さえもこの私に奪われようとしている。惨めな人生を送ってきた男になんとふさわしい、惨めな最期だろうか」
「……黙れ……」
喉から絞り出したような声。あのいつもの優しいテノールではない、怒りと恐怖と憎しみに満ちたバリトンが絞り出された。
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ! 僕をその名で呼ぶなぁっ!」
絶叫。その直後、放たれる殺意に満ちた呪歌。
「先生っ! だめっ!」
竜の国の呪歌使い目掛けて放たれた光の弾はまっすぐに飛んでいく。だめ、させない。お願い、竜の国の呪歌使いを守って。防護壁の呪歌を半狂乱で叫び歌った。竜の国の呪歌使いの目前、炸裂する光が目を焼いた。視界が白く染まったかと思えばすぐに黒へと転じる。強烈な光の靄が視界から晴れた時、敵国の呪歌使いはただ茫然とそこにいた。
「……何故……」
「我はルイス・キャンウィール! 師をプイス・キャンウィールにして魔法使いが一派、歌うものキャンウィールの名を継ぐものなり! 獅子の国に仇なすものよ、容赦はしない!」
「……ふん。お前ごときが私に敵うはずがなかろう。我が名はラーベ・キャンウィール! お前なぞ一捻りに潰してくれるわ!」
呪歌使い達の攻防はさらなる上空へと転じる。獅子と竜の呪歌使い達は高度を上げて上げて上げて。僕では追いつけない高度と速度で呪歌が展開される。追いつかなければ、あの二人に追いつかなければどちらかが倒れるまで続くだろう。それだけはだめだ、それだけはさせてはいけない。
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