呪歌使い戦記第四十八話
「先生!」
「プイス! 来るな!」
伸ばした指先が先生に触れる寸前。眼前を熱い何かが過ぎっていった。それが竜の国の呪歌使いの行使した呪歌による火の玉だと気付くまで、そう大した時間はかからなかった。
「何者だ。見たところ成人すらしていない餓鬼に見えるが……」
これが、竜の国の呪歌使い。この人が、先生の兄弟子、ラーベ。鴉の意を持つ名前の通り、腰まで伸ばされた美しい鴉の濡れ羽色をした長い髪が目を惹く。鋭い目つきの中に輝く小さな虹彩は下瞼の濃いクマによって強調されているのが恐ろしさを演出している。それだけじゃない。がっしりと存在感を放つ大きな鷲鼻や、先生を越える背丈にローブを着込んでいても隠せない体格の良さはどうあがいても敵うとは思えない。とにかくその見た目全てが死神と呼ばれる理由なのだと本能が察知した。
「そのローブ……お前も魔法使いか」
何か、違和感。今まで戦場で見てきたこの人とは何かが違う。何だ、今までと何が違うんだ。考えろ、考えろ。上空を駆ける風が呪歌使い達のローブを揺らした時、その違和感が姿を現した。あの赤い槍は何処だ。
「我が名はラーベ・キャンウィール。師をプイス・キャンウィールにして、魔法使いが一派、歌うものキャンウィールの名を継ぐものなり」
竜の国の呪歌使いの手には何も握られていなかった。それでは、今まで持っていたあの赤い槍は何処から。
「大方はそこの魔法使いの弟子だろう。誰が相手だろうと私の敵になりはしないが。名乗れ、小童」
「ぼ、僕はプイス・キャンウィール・ジュニア。ルイス・キャンウィールを師に持つ魔法使いが一派、歌うものキャンウィールの名を継ぐものです」
僕が名乗りを上げた瞬間。空気が変わった。竜の国の呪歌使いの眉間の皺が深く、濃くなった気がする。
「……貴様が? プイス……?」
品定めするかのような視線。殺意すら帯びている品定めの目つきは、今朝の夢のプイス先生に似ている。
「……はっ。鯨の国の古き英雄の名も、賢者と呼ばれた我が師の名も地に墜ちたものだ。こんな乳の臭いにまみれた小僧が、あの人の名を騙るとは」
ラーベの右手のひらに、魔力が集中するのを感じる。見ていてわかるこの呪歌使いの、魔法使いとしての強さ。扱える魔法の多さもさることながら、その強さを真に支えているのは内に秘めた魔力の量。豊富な魔力を一点に集中させた結果は、あの赤い槍。あの槍は魔力を練り上げ、具現化させたものだったのか。初めて見る。これが、プイス先生の一番弟子。これが、竜の国の呪歌使い。……勝ち目なんか、あるのだろうか。




